最新テクノロジーの中でもエンターテイメントの分野で使用されることが多く、私たちが触れる機会が多くなっているAR。ARは「Augmented Reality」の略で、日本語では「拡張現実」という意味。実際に存在する景色や空間、物体に架空のデジタルな情報を組み合わせることにより、新たなビジュアルを生み出す。
日本でARが多用されているのは、エンターテインメントの中でも特にアニメやゲームなどのポップカルチャーだ。2次元にいるはずのキャラクターたちをまるで3次元に実在しているかのように感じさせ、彼らのファンに夢を与えている。
今回はそんなAR × ポップカルチャーについて、これまで行われている事例を紹介。そして、現在ARを用いてさまざまなイベントなどとコラボをしている株式会社MAGICのCEO斎藤氏とCCO山崎氏に話を伺った。
2次元と3次元を融合し、リアルを生み出すAR × ポップカルチャー
まずは、ARとアニメやゲームがコラボした事例にはどのようなものがあるかを見ていく。
アニメの舞台になった土地に実際に訪れる“聖地巡礼”。通常であれば行って写真を撮り終了となるが、そのアニメのキャラクターと一緒に現地を楽しめるARを駆使したアプリがある。それがソニーから出ている「舞台めぐり」というアプリ。
現在80タイトルを超えるアニメなどに対応しているこのアプリは、実際にアニメの舞台になった場所をアプリの地図上で教えてくれるというもの。その場所に到着するとアニメのARキャラクターを好きな位置に配置し、一緒に撮影できるのだ。なお、掲載されている箇所は全て公式のもの。また現地のお祭りやイベントともコラボすることもあり、舞台となった町を存分に楽しむことができる。
(舞台めぐり)
他にも手軽に遊べるARを用いたものとして、アプリ内で起動したカメラで平面を認知するとキャラが出現するというものもある。ボルテージから配信されているアプリ「ポケカレAR」は、同会社が配信しているゲームの人気キャラがカメラ内で平面を認知すると出現し、歩いたりポーズを変えたりする。
平面であればどこでも良いので自分の部屋などでも簡単に遊べ、まるでキャラと同じ空間にいるかのような感覚になる。セリフを言うという仕掛けも、よりリアルにキャラを感じられる施策の1つだ。
(ポケカレAR)
このようなARとポップカルチャーの事例は日本だけには止まらず、海外でも日本のポップカルチャーが好きな若者にこのような試みは人気を博している。
その代表的なものが、バーチャルアイドルとして日本で誕生し今では世界的に有名になった「初音ミク」。2009年に誕生した初音ミクは、2011年に初めてロサンゼルスでライブを開催。その後もレディー・ガガのライブに前座として登場したり、2014年に開催された「HATSUNE MIKU EXPO」では、ニューヨークとロサンゼルスの会場で合計3万人を動員した。
また近年では1st PLACE株式会社がプロデュースした性能性が高いバーチャルアーティスト「IA」、歌だけではなくトークもできるバーチャルタレント「ONE」も海外でライブツアーを刊行するなどして活躍。2人は多々コラボしており、一緒に曲をリリースもしている。
(IA)
これまで2次元という架空の世界だけでしか楽しむことができなかったキャラクターたちがARとコラボすることにより、私たちと同じ3次元に存在するかのように感じられるようになってきている。キャラをリアルに感じられるという新たな楽しみが、よりファンをキャラクターに夢中にさせているのだ。
日本のポップカルチャーと言われているアニメやゲーム、バーチャルアイドルなどはこのようにARと融合しているが、海外のキャラクターなどはどうなのだろうか。
アメコミキャラクターで知られる米・Marvel社は、2012年に「Maryel AR」というARアプリをリリースしている。このアプリは、紙のMarvelコミックのマークがあるところにスマホをかざすと絵が動き出し、また人が現れて制作秘話なども明かしてくれる。
近年再び日本でもブームを巻き起こしているK-POP。アイドル自身の見た目の美しさやパフォーマンス力の高さが重要なK-POP界でも、実はバーチャルアイドルが存在した。それは、昨年11月に韓国で開催された「リーグ・オブ・レジェンド(LOL)」というゲームの世界大会決勝戦のオープニングセレモニーでデビューした「K/DA」だ。
彼女たちはLOLの中に出てくるキャラ。それがこのイベントで、バーチャルアイドルとしてデビューしたのだ。この時は初音ミクなどとは違いステージ上では見られなかったが、モーションキャプチャーで彼女たちを動かしている実際のアーティストと一緒にパフォーマンスしている様子を、ステージの上にあるスクリーンとライブストリーミングでは見ることができた。
このように世界にもARとキャラクターなどがコラボした事例はあるものの、やはり日本ほど、そして他の国でも熱狂的な人気となっているものはまだあまりないようだ。この点から、ARとアニメやゲームのキャラなどを掛け合わせたも分野では、日本がかなりリードしているのではないだろうか。
ARで「楽しいという経験」を届ける株式会社MAGIC
このようにARとポップカルチャーなどのコラボが増える中、そのテクノロジーと技術を駆使し、人々にさまざまな形で楽しい体験・経験を届けているのが株式会社MAGICのCEO斎藤氏とCCO山崎氏だ。彼らは今年3月から6月まで行われていた香取慎吾さんの個展第3期に合わせ、対象の絵にアプリ「pictPOP」をかざすと絵が動き出すという画期的なアプリをリリース。動くはずがない絵に動きを与え、さらなる面白い体験を来場者に提供した。アプリで撮影された動画や絵は#ブンブンARというハッシュタグがつけられ、Twitterでは初めの週だけで2,000ツイートされた。
— かなこ (@pinknofairytail) July 27, 2019
他にも三代目JSoulBrothers のライブ映像や三菱ビルテクノサービスのTV広告用映像、超特急のライブ告知YouTubeとInstagram用告知映像など、テクノロジーを武器に様々な分野でアーティストやイベントでその実力を発揮している。
今回はこのpictPOPを手がけた2人にインタビュー。これからの事例や彼らが届けたいこと、そしてエンタメとARの可能性や今後の展望について聞いた。
既出のpictPOPで成功した彼らだが、手軽に楽しむためにアプリを作る際に工夫した点があるという。「誰でも分かる、簡単にできる、でもちょっとおもしろい、ということを今回はやりたかった。だからすごい機能を(写真・動画を撮るだけというように)少なくし、アプリを軽くした。あと(機能が少ないので)分からないという問い合わせがほとんどなかった」と斉藤氏。加えて山崎氏も「そこにはこだわって引き算引き算で考えた」と言う。筆者も体験したが、絵の動きなども本当にスムーズで止まったりすることはなかった。
今回、COMPASSのロゴをARで体験できるよう設定していただいた。
このロゴをpictPOPのアプリをダウンロードしかざして見るとARでこのような変化が起きる。
ぜひ試してSNSでシェアをしていただきたい。
実は、2人は高校の頃から25年来の親友。社会人になってから斉藤氏はIT業界、山崎氏はアトラクションやアーティストのムービーを作る映像業界にいた。その間はたまに顔を合わせることがある程度だったらしい。そんな中、斉藤氏がこう語った。「ずっとアニメとか漫画とかゲームがすごく好きで、現実の世界にいるみたいに感じられたらいいなとずっと思っていた。今ってそういう時代が近づいているだってことがすごく明確に感じてるから、そういうことを僕らだったら演出できるんじゃないかなと思って。現実の中にデジタルコンテンツが自然体でいるということが表現できたらなと思った」また山崎氏も「コンテンツの良さとお客さんの高揚感と掛け算で倍増させていくという仕事をしてきたので、個々の消費者さんに対してぶつける方の演出や遊びを考えるのは絶対おもしろいとなってこっちに振り切った」そうだ。このようにそれぞれの想いがあったため、2人は一緒に会社を立ち上げることにした。
この2人の言葉からも感じられるが、何よりも大切にしているのがシンプルに「楽しんでもらう」こと。「ワクワクからスタートし、楽しい、おもしろいという経験をクリエイトすること」を常に意識しているという。
目標は、ARで“フィジカルとデジタルの世界の中の垣根”を取っ払うこと
そんな彼らは、ARとポップカルチャーの関係をどう見ているのだろう。「楽しいと思ってもらえればARではなくてもいいが、ARとポップカルチャーの相性はめちゃくちゃいいと思っている。例えスマホの録画した画面の中だけでも現実の世界に(アニメなどのキャラが)いるということは、すごい素敵なことでそれだけでも心が救われる人はたくさんいると思う」と斉藤氏は強く言う。“フィジカルとデジタルの世界の中の垣根”を取っ払うことができたらいいと思っているそうだ。2人のこの願いは、すでに現実に。毎年ロサンゼルスで行われている日本のアニメやゲームなどのポップカルチャーイベント「Anime Expo 2019」(今年は7月4日から7日まで開催)で、早速彼らの技術が使われたそうだ。
斉藤氏はフィジカルとデジタルが一緒になることを表現するために「ホログラスなどのAR技術がすごく自然だと思うので早くそんな時代が来てくれればと思うし、そういうときに僕らがもっとおもしろいものを提供したい」という思いを教えてくれた。
映像作家としてこれまでさまざまな方法で作品にアプローチしてきた山崎氏は、フィジカルとデジタルの垣根を超えるための手法として、やはり現時点ではARがいいと言う。「リアルタイムな体験と純粋な楽しさということを考えると、今の技術では実際その場にいて体験できると言うものは多くなく、その場にいて没入して楽しめることはなかなかできない。何かの出来事が起きた時にパッとスマホを出して自分の主観として撮影することは自然な行為だし、その後すぐにシェアすることは気持ちとしても一番高揚しているタイミング。そういった意味では、一番密着度が高いスマホで楽しむと言うのが一番の表現の経路なのかなと思う。それなので今の時点では(AR以外の)他の技術は考えていない」
インタビューを通して2人が終始口にしていたのが、「楽しんでもう」「おもしろいと言う体験・経験を届ける」ということ。テクノロジーが進化していく中、ARなどと聞くと難しく感じてしまい敬遠してしまう人もいるだろう。けれどそれをできる限り無くし、ARを利用したものでも1人でも多くの人に楽しんでもらいたいと言う強い気持ちが伝わってきた。最新テクノロジーを駆使し業界の最先端を走りつつも、どんなに遠くの人にでも素晴らしい体験を届けてくれるだろう。
さまざまな形で進むARとポップカルチャーのコラボ。ゲームやアニメのキャラクターは架空なことには変わりないが、2次元を飛び出してまるで私たちと同じ3次元に存在するかのように感じさせてくれるARとのコラボは、新たな楽しみ方を人々に届けている。それは斉藤氏が言っていたように時には誰かの心を救う可能性を秘めている。
また、ARの技術自体は世界中で進んでいるが日本独自のポップカルチャーと交わること、そして今回インタビューした2人のような表現者が現れることにより、日本がゲーム・アニメ×ARという分野で世界をリードすることを期待したい。