新型コロナウイルス感染拡大防止に伴い、日本でも外出の自粛が要請され、これまでの日常が急速に非日常へと変わっていった。
当たり前のように日々人に会い、飲食を共にし、他人と時間を共有していた日々から一転、オフィスに通うこともできず、それぞれが自宅でリモートワークやリモート飲み会を行う日々が4月から続いている。
家から出られず、昨日と同じ今日を迎える日々の中で、日本よりも早い段階からロックダウンや外出自粛となった中国では、ある日本人YouTuberの動画が話題となった。
それが、YouTuber/Artistのあさぎーにょ氏が12月27日に公開し、公開3日で300万回再生を突破した短編映画「ハロー!ブランニューワールド」だ。
「もう限界。無理。逃げ出したい。」というタイトルで公開された動画は、一見するとYouTuber/Artistのあさぎーにょ氏が熱海に行く様子をVlog風に撮影した動画となっている。が、見進めていくと、ただのVlogではなく、物語が組み込まれており、メッセージ性を持った短編映画だということに視聴者は気づいていく。
この動画は、CHOCOLATE Inc.(以下、チョコレイト)がSPOTTED PRODUCTIONSと共同で立ち上げたインターネット動画レーベル「37.1°」が手がけており、サントリー食品インターナショナル株式会社がスポンサーだ。
プレスリリースには、「毎日をわくわく過ごすことを目標にしている、人気動画クリエイターのあさぎーにょ。しかし、ここ最近の目の回るような忙しさで日々を楽しめなくなっていた。疲れを癒すべく熱海旅行を計画するが、霧が濃くなり遅延したせいで計画はボロボロ。さらに泊まる予定の旅館もあまりに古く、テンションはガタ落ち…。ほんとに無駄な一日だったーーその一言がきっかけとなり、あさぎーにょは「とある一日」を繰り返すことになる。」とあらすじが書かれている。
動画が投稿されるやいなや、様々な業界の著名人がTwitterで話題とし、投稿翌日にはYouTubeで急上昇動画1位に。公開3日目には、再生回数300万回を突破した。
中国で配信するも、たちまち話題に。Weibo閲覧数1.3億回以上を記録。
国内でも話題になったこの動画だが、2月20日には「受够了,我真的不行了。好想逃。」のタイトルで翻訳され、中国のSNS・Weiboと動画配信サイトbilibiliにて公開スタート。
その結果、Weibo閲覧数1.3億回、動画再生数3,000万回を突破、Weibo全体でのデイリーランキング1位となり、中国国内でも話題の動画となった。
Weiboでの投稿の様子
この時期、中国では新型コロナウイルスが中国全土で猛威を奮うピークの時期であり、中国国民は外出自粛を余儀なくされていた。
今の日本のように、外に出たくても出られない日々が続き、そんな中でこの動画のメッセージでもある「同じ毎日の繰り返しの中で、自分の行動や姿勢を変えることで、新しい明日を切り開くことができる」といった内容に元気付けられた視聴者からのコメントが多く見られた。
中国ネットユーザーのコメント(bilibiliより)
また、作品自体の全体的な色合いや雰囲気、熱海の旅館や花火大会といった中国人が想像する”日本のイメージ”と重なったこともあり、公開直後から話題となったという。
動画の一場面(bilibiliより)
昨今、急速に拡大する中国のIT市場やネット文化に対して、日本の芸能人やインフルエンサーが中国SNSに新規参入を行う流れも大きくなっている。
あさぎーにょ氏は、YouTubeやTikTokなど、SNSでのフォロワーが合計200万人を超え、若者から支持を得るインフルエンサーだが、中国進出のサポートは動画クリエイターやタレントの中国進出を支援するVstar Japan株式会社が行なっている。
同社は国内の芸能プロダクションやYouTuberマネジメント会社などと連携し、中国市場に向けた動画インフルエンサーの発掘育成・マネジメントを行なっており、現在サポートしているインフルエンサーはあさぎーにょ氏の他、男性インフルエンサー・こんどうようぢ氏やファッションモデル・佐藤ノア氏など、若手インフルエンサーを中心に14名(芸能人含む)の支援を行なっているという。
専門の翻訳チームを持ち、日本語特有の言い回しや若者スラングなども中国人がわかりやすく親しみやすい中国語に翻訳を行うのだという。
そうした繊細なニュアンスを翻訳で伝えるからこそ、言語の違う国同士でもインフルエンサーの発信ができるのだ。
今回、日本を超えて中国でもファンを抱えている、あさぎーにょ氏に先日の動画への日中の反応を踏まえてインタビューを行なった。
等身大のメッセージが胸を打つ。国を超えて愛される、あさぎーにょの魅力
―今回の作品を作るにあたって、どのような意図や思いが込められていましたか?
意図は、シンプルに新しい作品を作ってみたいなと思って。
今回のVlogとストーリーのようにフィクションとノンフィクションが混ざったものを作ってみたいと前から思っていたので、この機会に挑戦してみました。
撮影の構想は、撮影の1ヶ月ほど前からチョコレイト のみんなと企画を始めましたね。
―最初は国内だけの公開予定だったのですか?それとも、海外進出も元々予定していたのでしょうか?
いつも日本で出した写真や動画も中国の方に見てもらえそうなものは中国で公開しているので、
今回も自然な流れで翻訳していただきました。
―熱海のノスタルジックな街の様子や花火は、中国の方にも好評のようでした。
ちなみに、なぜ熱海になったんですか?
みんなで話し合って決めたのですが、ちょうど花火大会とタイミングが重なったこともあって。
あれも演出だと思われることが多いのですが…実際にあの冬の花火大会は熱海で毎年行われているんです。なので本当の花火大会のスケジュールに合わせて撮影をしました。
女将さんなど、主要人物は役者さんですが、花火大会の観客の方など、熱海で協力してくださった街の方にも出演いただいてます。
4日ほどかけて撮影したのですが、息もできないくらいの詰め詰めスケジュールでした(笑)
タイムループもので撮影する時系列もごちゃごちゃだったので、「この撮影は何日目の?いまこれしてたらおかしいよね?」と終始確認しあいながら大忙しでしたね。
動画のラスト・熱海の花火のシーンでは「泣いた!」と多くのコメントが(biibiliより)
―その後公開され、物凄い勢いで拡散されていきましたよね。まず日本では何をきっかけに広がったと認識されていますか?
大きなきっかけと感じるものはなかったです。投稿して1時間はいつもコメントを読んでいるのですが、そのときからコメントが多かったり、グッドボタンやいいねもいつもより多く押されていたりと、あれよあれよと伸びていったので、なにかきっかけがあるというよりアップしたときから順調でした。
その後拡散が伸びていくにつれ、「YouTube動画は見たことなかったけど、見てみたら面白かった」という声も多くいただきましたね。普段からYouTubeユーザーじゃない人にも反応してもらいやすかったのかなと思います。そういう方にも届いたのはみなさんのシェアのおかげですね。
―中国でバズった経緯はなんだったのでしょうか?
中国でも、同じように大きなきっかけはなく、アップしたときから勢いがありました。
一番は、※KOLの方々がシェアしてくれてさらに広がったようです。※中国でインフルエンサーの意味
普段からKOLの方がシェアしてくれるといったことはあまりないので、それは普段と違いましたね。「Vlogだと思ってたら意外な展開だった!」というコメントが多かったのですが、想像以上だったのは、「毎日同じことの繰り返しだけど、勇気が出た」「感動した」という言葉が多かったことです。
奇しくも中国本土でのコロナウイルス感染拡大と公開のタイミングが重なったため、家から出られない方々から動画への共感メッセージが多く届きましたね。
ファンの方の年齢層は日本と違いがなく、幅広い年代の方に応援していただいているんですが、その中でも特に多いのは18〜24歳くらいの方が多いです。
コメントの熱量も同じくらい熱く、日本と中国のファンの反応が国を超えて同じということが意外でした。日本人だからというより、一人の人間としてファンになってもらえているのかなと感じました。
―それは素敵ですね!国を超えてメッセージが伝わっているのですね。中国で発信を始めたきっかけはなんだったのでしょうか?
元々YouTubeに載せている動画が中国の動画サイトに転載されているというのを聞いていて、それなら翻訳して載せようと。中国の方もメールで「翻訳させてください!」「あなたのビデオは中国でも見られているので翻訳したい!」と連絡をくれ、有志で翻訳してくださる方が何人かいらして、だったら自分でもやってみたいなと軽い気持ちではじめました。2年ほど前ですね。
徐々にファンの方が増えていくにつれ、私も中国語で直接ファンの方に伝えたいと思い、Vstar Japanの方に協力していただき、中国語のレッスンも始めました。
―なるほど。中国語もお勉強されているのですね。向こうのファンと直接交流することもあったのですか?
一度日本でイベントをやりました。中国の方が日本に来てくれて、日本を巡るツアーをしたんですが、すごい好評で楽しんでもらえました!
日本の名所というよりも、そのときは女性を対象にして、原宿と表参道に絞って私の好きなかわいいところを回りました。
原宿で行なったファンツアーの様子
Weibo:https://www.weibo.com/6517109236/IbN9zo6Jm
bilibili:https://www.bilibili.com/video/BV14E411C7dW
―日本と中国で、どんな存在になりたいかに違いはありますか?
特に違いはないですね。今は特に日本と中国で変えたいわけではなく、やりたいことにチャレンジしていく姿を応援していただけたら幸せだなと思います。
ただ中国のファンの方は、日本について知りたいと思ってくださる方が多いので、そこは積極的に発信できたらと思います。
例えばスカイツリーみたいなみんなが知っていることではなく、同世代の子たちがときめいて、興味を持っている美容やコスメなど、もっとポップなカルチャーを発信したいですね。
私がワクワクを叶える姿を切り取って発信して、応援してもらえたら嬉しいです。
―言葉も文化も違う中で、ご自身ではどうして受け入れられたと思いますか?
うーん、ずばりこれ、というのはわからないのですが、コメントを読んでいると私の思想や考えの部分で共感してもらえているのかなと思いますね。
中国のファンからのコメントで、「※チキンスープのようだ」「チキンスープ出してください!」というコメントが度々あるのですが、そういった声を見ていると、国を超えて私の考え方やメッセージに共感してもらえているのだな、と感じますね。
※中国のネットスラングで「チキンスープのように心に優しい話」という意味
―日本で出している動画の翻訳以外にも、中国独自のコンテンツも出されているんですか?
ちょくちょくですが、出しています!
今は、Weiboでファンの方のコメントを読んだり、反応を見たりして話す内容を考えたりしていることが多いです。大きな方向性は変わらないですね。
もっと中国の方に寄り添ったコンテンツも出していけたらと思っています。
あさぎーにょWeibo公式アカウント 現在フォロワーは100万人超え(2020年5月現在)
―これまで活動されてきた中ですごく世界観が確立されているな、と思うのですがご自身の中で発信する前から世界観は決まっていたんでしょうか?それともいろいろやってみて今の形になったのですか?
発信しながらいまの形ができてきましたね。
元々自分がへんてこだとも思ってなかったですし、ポップが好きとかもわかってなかったんです。でも発信していく中で、ファンから「あさぎーにょのここが好き!」「へんてこだよね」と言ってもらったりして、自分ってこんな人なんだってわかってきたり、これは好き、これは好きじゃないがハッキリしてきたなと思います。
発信することは生きることくらい大きくて、自分を知ることとつながっているので、一生SNSはやっていく気がします。よく、将来どうなりたいとかありますか?って聞かれるんですけど全然なくて、今これをやりたいとかはあるんですけど。いつかは見つかるのかなと期待をして、今やりたいことをして進んでますね。
―そうした等身大の姿が、日中を超えて若者に刺さっているのですね。あさぎーにょさんが発信を通して伝えていきたいことはなんでしょうか?
私が直接メッセージをみんなに伝えたいというよりは、自分がワクワクを叶える姿を見て、同じようにワクワクしてもらって喜びあえたら幸せです。
そんな中ですごくよく聞かれるのが、やりたいことだったり夢がなかったりということで、みんな悩んでいるんですよね。中国の子たちも同じようなことで悩んでいると聞きました。
でも私は夢はなくてもいいと強く思っていて、無理に見つけなきゃいけないっていうのは違うんじゃないかなと思います。
もちろん夢があるに越したことはないけど、目の前のしょうもないワクワクでもよくて、それを叶えるのが一番ハッピーじゃない?というのを伝えたいです。
それが海を越えて伝わるのは嬉しいですね。
―そうした普遍的な悩みは国や文化関係なく持っているものかもしれないですね。そうした気持ちにあさぎーにょさんの動画が沁み渡っていくのだなと感じました。
最後に、今後の目標は何かありますか?
なんだろう…新しいなとか、誰もやってないだろうなと思うことをやるのが楽しいと思っているので、そういったものにどんどん挑戦したいと思っています。
自分の世界観を自分以外のところでもっと作っていきたいと思っていて、MVや音楽、洋服、写真やインスタだったり、「この色あさぎーにょっぽいね!」「この服あさぎーにょっぽくない!?」と言われるようになりたいですね。自分の世界観を表現していきたいです。
等身大の自分をYouTubeで表現し続け、気づけば国境を超えて愛される存在となったあさぎーにょ氏。必要以上に奇をてらい、飾りすぎることなく、自分の「好き」を追求し、発信していく姿が日本と中国の垣根を超えてファンができるきっかけとなった。
今後も日本から中国への文化発信はより増えていくと予測されるが、その中でも大切なことは文化的な差異に気を配ることはもとより、普遍的な人間の心の悩みや変化に寄り添うことだろう。あさぎーにょ氏をロールモデルに、そうした本質を踏まえた発信がより加速していくと、より良い国を超えた交流を作ることができるかもしれない。
(インタビュアー:Noriko Hikichi)