2018.1.23

「タイにアップカミングなフェスがあるよ」。一年ほど前、シンガポール在住の友人から評判を聞いた。その名もワンダーフルーツ・フェスティバル。調べてみると、音楽とアートが融合した奇祭「バーニングマン」を思わせる写真がいくつか出てきた。

写真を見ているうちに、フェスで展開されるコンテンツにすっかり魅了されてしまった。直接確かめたくなり、寒空が続く東京を後にし、フェスを求めてタイへ向かった。2017年12月のことだった。

 

現地で知り合ったドイツ人デザイナーはこう話す。

「タイは今、文化的にも経済的にも、ものすごいスピードで興隆してるんだ。だから毎年タイに来て、ワンダーフルーツ・フェスティバルにも遊びに来る」

フェスのコンテンツは▽音楽▽アート▽フード▽ウェルネス▽ファミリー▽ワークショップで構成され、会場を訪れる観客を楽しませるため、さまざまなデジタル施策が仕込まれている。それはフェスの開催前から始まっていた。


会場へのUI設計が秀逸すぎた

世界中どのフェスに行っても、移動手段は必ず悩みの種になる。フェスの会場は、首都バンコクから車で約1時間のビーチリゾート、パタヤから車でさらに20分行った山間にあった。ただでさえ都会から離れた場所で開かれるフェスであることに加え、異国では言語の壁や金銭的なリスクがつきまとう。

ワンダーフルーツ・フェスティバルは、東南アジアで「Uber」と並ぶ人気を誇るタクシー配車アプリ「Grab」と協力することで、観客の悩みを鮮やかに解決して見せた。

Grabアプリでストレスなく会場に着ける

Grabアプリを使えば、乗り場所と行き先を地図上で指示するだけでタクシーが迎えに来る。支払いもアプリ内で完結し、余計なやり取りは発生しない。面談で身元を確認できたドライバーとだけ契約しているため、安心して利用できる。

Grabアプリのユーザーインターフェース(UI)のようにシンプルな動線のおかげで、観客はシームレスに会場へと辿り着ける。

リストバンドにチャージすれば支払いも楽になる

入場チケットと引き替えに入手できるリストバンドには、現金またはクレジットカードでチャージが可能だ。バーやレストランのほか、会場内で開かれるワークショップやヨガクラスなど、会場内のあらゆるサービスの支払いに対応している。

チャージ後に荷物と一緒に財布もクロークに預けてしまえば、観客は手ぶらでフェスを楽しめる。Grabアプリがあれば、会場とホテルの移動にも不自由しない。運営側も財布紛失などのトラブルを減らせる。もちろん、フェス終了後には残額が返金される。


観客がフォロワーに変わる

いざ会場に足を踏み入れると、そこはクリエイティブの宝庫だった。アーティストによるライブやアート作品の展示、ワークショップなどが、パッと見ただけでは数え切れないほど至る所で展開され、観客にインタラクティブな体験をもたらしていた。

ライブが行われるステージに観客が登って遊べるよう、トランポリンやハシゴが設営されていたり、観客がゆったりと休んでいるラウンジで突如ライブが始まったりするサプライズ演出も多く見受けられた。

会場には無数のアート作品が展示され、巨大な人力車やブランコ台があったり、バスに登って記念撮影できるインスタレーションが行われたりしていた。


展示されたバスの上に載る観客たち

フォトジェニックな風景が続く会場を行き交う観客の多くが、スマートフォンを手に写真を収めていた。インスタグラムで#wonderfruitと検索すると、3万件を超える投稿が確認できる。観客が自ずと情報発信することで、プロモーションの効果は増大する。観客をフォロワーに変えることに成功した瞬間だ。

ここで獲得したフォロワーを離さないよう、フェイスブックやYouTubeでは一年を通じてコンテンツが配信され、フェスが終了した後も関心を引き留めておくことに余念がない。2017年の様子も配信され、2018年のチケット販売も始まっている。


パートナーとの「幸福な関係」

フェスを主催するのは、タイでおもにイベントの企画・制作を手がける広告代理店「スクラッチ・ファースト」。フェスが開かれるのは2017年で4回目。フェスの開催趣旨ではこう謳われている。

「持続可能な社会の実現に向け、クリエイティブで先進的な解決法を発展させ、グローバルなコミュニティとして結束することを祝福する。私たちが提供するプラットフォームで創造性を喚起して、意味のあるポジティブなインパクトをつくり出す」

これに賛同したパートナーには、日本の空調大手ダイキンやマレーシアの航空大手エア・アジアなど、グローバル企業が名を連ねる。前出のGrabもその一つだ。シンハやジム・トンプソンといったタイを代表するブランドも参加する。企業だけでなく、国際連合開発計画やタイ政府観光局なども賛同している。

エナジーポイントでくつろぐ女性

シンハなどのパートナーは、日本国内のフェスで散見される企業ブースをはじめ、ブランデッド・コンテンツを発信せず、製品やサービスをフェス全体にさりげなくちりばめていた。

例えば、会場内の送迎やスタッフ用の移動手段には、イタリアのオートバイメーカー「ベスパ」のバイクが使われた。タイで有名なバッテリーブランド「GS Battery」は、観客がスマートフォンやパソコンを充電できるよう、エナジーポイントを設けた。

他のパートナーについても、いかにもブランド然とすることもなく、コンテンツとうまく融合する形で製品やサービスが紹介されていた。また、パートナーの魅力を伝えるため、フェス開催前からフェイスブックなどでコンテンツも配信される。

観客を楽しませることに徹したマーケティング戦略は、パートナーに対する好印象へとつながっただろう。


観客に変化をもたらすリアルイベント

ワンダーフルーツ・フェスティバルは、交通手段の問題をタクシーアプリで解決し、リストバンドによる支払い決済システムでキャッシュレスを可能にし、パートナーの製品やサービスすらコンテンツに変え、観客を楽しませることに成功している。

こうした取り組みは、フェスに足を運んだ世界中の観客を満足させたに違いない。冒頭のドイツ人デザイナーはこうも言った。

「この旅を通じて学んだエッセンスを、ヨーロッパでのプロジェクトにどう生かすか。常に考えているよ」

優れたデジタル施策やマーケティング戦略が展開されたリアルイベントは、観客の行動原理すら変えてしまうようだ。

(撮影:山田一慶)

Written by
YamadaKazuyoshi
世界中のフェスを旅するマーケッター/フォトグラファー/DJ。トレイルランニングが趣味。
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