昨年起きたDeNAの「WELQ」問題をきっかけに、Webメディアの在り方について見直されはじめています。そんな業界全体の逆風をもろともせず、単体で黒字化に成功しているのがメディアジーンで運営されるメディアです。今回「ライフハッカー[日本版]」で編集長を務める松葉信彦さん、「ギズモード・ジャパン」の編集長を務める鈴木康太さん、そして「ギズモード・ジャパン」、「ROOMIE」、「FUZE」の3メディアで事業を統括する尾田和実さんに、今この時代におけるWebメディアの在り方についてお聞きしました。
左)鈴木 康太 ギズモード・ジャパン 編集長
中央)尾田 和実 ギズモード・ジャパン、ルーミー、FUZE 事業統括プロデューサー
右)松葉 信彦 ライフハッカー編集長
自分より遠い属性にはメディアを通してもリーチできない
—ライフハッカーが9年・ギズモードが11年とメディアを黒字化させながら運営しているなかで、これまでどうやってファンとの関係性を構築させていったのか教えてもらえますか?
松葉:代表の今田は「メディアには人生を変える力がある」とよく言っていて、それを信じてメディアを運営することが大事と言えるのかもしれません。ライフハッカーも前任者の時代には、海外への移住を促進・後押しする記事を提供していて、その記事を読んで実際に移住生活を決めた人も知っています。あと、2011年の震災以降ノマド的な価値観が広まると同時にライフハックという言葉の認知度も上がっていったように感じられます。でもその言葉自体が一人歩きしてしまっている印象もなくはない。だから人生そのものをガラっと変容させること自体は難しくても、自分の半径5メートル以内の細かな部分を変えることで、生活そのものを改善していくことができたらいいなと、そういう部分を啓蒙していくメディアを続けていけたらいいなと感じていますね。
鈴木:そのメディア自体に人間性があるかどうかだと思いますね。例えば「ギズモード」の場合だとApple新製品発表会の夜に、深夜のオフィスで作業を続けていくことが定例になっていますが、皆それを面白がってやっている。それぞれの社員がガジェットを本当に好きで、ユーザーと同じ目線に立って記事を書いているという部分も大きいかもしれません。例えば、カメラの新製品が発表されたときには、そのカメラ解像度やスペックに注目が集まってしまいがちですが、本当に使いたい人、買おうと思っている人が注目している部分は違うもの。その部分を理解できているというのは大きいかもしれないですね。だからこそ同じ目線に立って熱狂することができるのだと思います。
左)鈴木さん 右)尾田さん
尾田:自分たちのメディアは何でも取り上げます・紹介しますというホリゾンタルなメディアではなくて、特定のジャンルに特化したバーティカルなメディアです。よく会社の媒体説明会などでクライアントに対してペルソナ説明をするじゃないですか。このメディアの読者はこういう人ですよ、みたいな感じで。でも例えばギズモードの場合、鈴木編集長のキャラクターがそのままギズモード読者のペルソナと言えるんです。クライアントから見れば属性がハッキリしているので、それが一番メディアとして強みだと言える部分かなと思いますね。
—属人的であることが強みになるんですね。
尾田:というのも、そもそもWebメディア自体が自分の属性から大きく離れた人を読者にするのが難しいメディアだと思うんです。雑誌は特集ごとに調べたりするので、ある意味ごまかしが効くものですが、Webはそもそも音楽に詳しくないのに音楽メディアを熱量高くやれないし、ガジェットに詳しくないのにガジェットに関するメディアをやると、読者から突っ込まれてしまう。Webメディアにおいては、結局のところ、極めて自分に近い属性の人しか相手にできないものだと思っています。
シリアスになりすぎず熱狂できるか
—Webメディアに人間性があるということで、マネタイズという側面においても成功しているのでしょうか。
尾田:メディアジーンのグループ会社であるインフォバーンCVOの小林(弘人)が「企業とタイアップを行なうなかで、やりたいことができないのは、ある種の甘えだ。むしろ企業からお金を預け、それで自分たちのやりたい表現ができるのは、最高に面白いトライアルだと思う」というようなことを言っていて、それは今僕らも大事にしている部分です。
クライアントのメッセージを伝えることも重視していますけど、同時に通常の記事ではできないような表現みたいなものにチャレンジするというのは社内の風土としてありますね。ユーザー動向をみても、そこにほとんど差異はなく「タイアップ記事だから読むことをやめた」という風にはなっていないのも強みだと思います。
鈴木:タイアップ記事を作る上で、ゲームセンターにあるような80s調のエアホッケーが企画的にどうしても必要なことがあって、電話を数十社にかけて、なんとかレンタルできるところをみつけたのですが、デカすぎて会社に入らなかった(笑)。だから駐車場に置いてもらって、企画を実行したこともありましたね。
尾田:今の鈴木の話ではないですが、傍から見るとバカバカしいことこの上ないことに生真面目にやることが支持される理由になっているかなと。精神論的な話ですが、チャレンジ精神を持って活動することと、シリアスになりすぎず熱狂することはメディアを継続的に運営する上でのキーポイントになっています。
松葉:あと編集長がタイミングごとに変わっているという新陳代謝の良さ、代替わりで都度アップデートされていることが一つの強みなのかなと思いますね。
鈴木:丁度AppleがiPhoneを発売してから10年経ったのですが、そのタイミングで過去のレビュー記事を纏めました。そのなかでブライアン・ラムという本国ギズモードの当時の編集長が書いたiPhone1号機に対してのレビューを再掲載したのですけど、もう好きで仕方ないのが伝わってくるんですよ。
松葉:「僕は必ず買うし、これは好きで好きでしょうがない」って。でも、「好きだからこその不満をここから言わせてもらう」みたいな(笑)。3万字のレビューだったんです。感情がマーケティング的な視点を無視して発露してしまっている。そのことが面白い。10年前からこういうノリだったんだなと、再認識しましたね。
松葉さん
尾田:会社の特徴としてあるのですが、「これだけのコミットメントがあれば、数字は必ずいくはずだ」と信じている部分があります。キュレーションメディアは数字を稼ぐためだったら、どんな手を尽くしてもいいといった「目的」と「手段」が真逆になるけども、僕らは手段を選ばないわけではありません。だからこそ、軸をぶらすことなく、ここまで進んで来れたという自負があります。
マーケティング的な目線を信用しすぎないこと
—尾田さんは、以前カルチャーメディア「SILLY」の立ち上げ、編集長をされていたかと思いますが、今まで携わられていたメディアとは毛色の違うメディアだったかと思います。どのようなことを感じられましたか?
尾田:「SILLY」を立ち上げた当初は、ミレニアルズ世代が『草食系で、物欲が無い世代』と世の中のマーケターが語っていたのですが、ミレニアルズ世代の認識と実際のミレニアルズ世代が持っている空気感・遊び場に乖離を感じていました。「SILLY」を1年半に渡って運営するなかで、今のミレニアルズ世代がグラビアコンテンツ、ファッション、食にも興味があることがわかりました。
つまり『物欲』『性欲』『食欲』どれもあるけれども、彼らの質が変容していてその受け皿がなくなっていただけなんです。だからあまりにマーケティング目線を信じすぎず、自分たちがペルソナとしてどういうものがあると気持ちいいかを理解しながら、運営していけたらいいですよね。
—最後に、Webメディアを運営して行く上で、今後のチャレンジを教えて下さい。
尾田:キュレーションメディアは騒ぎを起こして、信頼性の低さを露呈し、ある意味ペンペン草も生えない状況になってしまっています。そうした状況とは一線を画した場所から、何かしらの熱狂を生むことはできるし、メディアジーンでメディアを運営させていくなかでやれること・できることはあるのではないかなと思っていますね。Webメディアが追っている指標も、PV至上主義からビューアビリティ、精読率などに変わってきたように感じています。
あらゆる角度からデータを追うことは今も変わらず大事ですが、編集者は逆にそれよりメディアに対してどれだけコミットメントしたか評価されることが大事で、私みたいな事業責任者が数字を追っていき、編集部のメンバーはどうやってメディアを使って読者にアプローチするかに専念する、という手法で体制づくりできればと思っていますね。
鈴木:読者に対して、定点的にアンケートを取ることを今はじめていて。例えば広告モデルの話でいけば、継続的にコンテンツを投下することで、どういうふうに態度の変容が起きたのかを数値化しようとしています。一過性の「PVなんぼ出ました、炎上でもOKです」とはまったく違う、心にどれだけ残って、三ヶ月後・一年後に、心のどこかに残るようなコンテンツ作りをやっていこうと。今までやってきたことをちゃんと数値化しよう、みたいなことは考えていますね。
松葉:ギズモードでは先々月からモニタリングのツールとして「メッセンジャー・ボット」というツールを使用しています。日本のテクノロジー系のメディアのなかでおそらく一番にはじめたということもあって、まだまだ実験的に導入しているという段取りですが、これから読者とコミュニケーションを取ったり、独自の企画を実践したりもできたらいいなとは思っています。ギズモードでまずはじめたのですが、ライフハッカーでもこれから実践していきたいです。
Interview photo:ENO SHOHKI