2017.9.27

昨年度、東京はニューヨークとロンドンを押さえ、「世界一クリエイティブな都市」に選ばれた(参照調査)。そんな「東京のシンボル」として、あなたが思い浮かべるものは何だろうか?東京タワーやスカイツリーのようなランドマークタワー、あるいは秋葉原や渋谷のスクランブル交差点を想起するかもしれない。ただ、これらはあくまでも東京の一部を表す1つの場所に過ぎない。

 

2020年に開催される東京五輪に向け、東京の新たなシンボルになるべく始動したのが「キストーキョー(KISS, TOKYO)」だ。「東京にキスをしよう〜東京をひとつにしよう〜」をコンセプトに、いずれはニューヨークの「I ♥ NY」のような都市文化に根付いたグローバルロゴになることを目指している。

今回はプロジェクトの発起人である、千原徹也氏(アートディレクター/れもんらいふ代表)に立ち上げの経緯から、都市とロゴの関係性、そして「KISS, TOKYO」が浸透した先にある未来像について話を伺った。


「都市にアイデンティティを与えるロゴを」–「KISS, TOKYO」着想のきっかけ

「KISS, TOKYO」プロジェクトが立ち上がった背景には、グラフィックデザインそのものに対して千原氏が抱えていた葛藤がある。2011年にれもんらいふを創業してから数年、命をかけながら何日も頭をひねり、デザインを考案するのに対して、「正当な対価を受けられていないのではないか」という疑問を抱えることが多くなっていたという。

クラウドソーシングサービスにおいて、コンペ形式でデザインが安く買い叩かれている現状がある。グラフィックデザイン自体が自らの価値を下げてしまった側面も否めないという。だからこそ、千原氏はデザインの価値を上げるためのロゴを作りたかった。

 

千原世の中のあらゆるものにはデザインがあります。たとえば、ここにあるペンやパソコンにもデザインがある。デザインが当たり前になりすぎているからこそ、デザインそのものの価値が見出しにくいのかもしれません。

 

「100万円払います」というクライアントもいれば、「今回は無料でお願いします」と依頼してくる人もいる。「グラフィックデザインそのものの価値を上げないかぎり、こうした事態は打開しないのではないか」。そう考えた千原氏の頭に真っ先に浮かんだのが、ニューヨークという都市を表現する「I ♥ NY」のロゴだった。

 

千原みんなが価値を認めるグラフィックデザインの例として、「I NY」はずっと頭の中にありました。ただ、「I TOKYO」と同じロゴをなぞっても仕方がありません。東京に新しいアイデンティティを与えるロゴを考え出す必要がありました。ハートマークのように、文字にしなくても形でその意味が分かるものとして、キスマークを思い付いたんです。

 

1980年代、ニューヨークの治安は悪く、地下鉄は荒廃し、あちこちにスラムが点在していた。「NYに住んでいる市民自らがNYを愛することなくして、NYは変わらない」。そんな想いから、グラフィックデザイナーのミルトン・グレイザーが制作したのが「I ♥ NY」だった。今では世界中で知られるようになったこのロゴは、間違いなくニューヨーカーのアイデンティティーの一つになっている。

デザインに当たっては、文字にしなくとも目で見て理解できるものにすることを心がけた。現在の形に至るまで、「KISS MY TOKYO」、「KISS THE TOKYO」、「KISS BY TOKYO」などいくつかの案が挙がったが、最終的には一番シンプルな現在の形に落ち着いたのだとか。

 

千原日本人は公共の場で愛情表現をするのが苦手じゃないですか。あえてロゴにキスマークを付けることで、カジュアルに「東京のことが好き」と表現できるようになると思いました。また、ロゴが世の中に広まっていくことで、グラフィックデザインの価値そのものも認識してもらえるようになるのではないかと考えたんです。


「かわいい」がすべてのデザインの軸にある

「KISS, TOKYO」の構想から2年が経ち、プロジェクトの賛同者も増えてきた。発起人である千原氏にくわえ、クリエーターのプロデュース業務を行う佐藤詳悟氏(株式会社FIREBUG 代表取締役)、国内外のショービジネス団体のグッズプロデュース業務を行い、芸人のロバート・秋山竜次氏の従兄弟でもある秋山真哉氏(エースマーチャンダイズ代表取締役)もチームに参加。8月には元東京都知事の舛添要一氏やタレント・女優のMEGUMIをゲストに招いたローンチパーティーも行った。

 

「KISS, TOKYO」はもちろんのこと、自身が代表を務めるれもんらいふにおいても、デザインの軸に置いているというのが「かわいい」というコンセプトだ。今では英語でも「Kawaii」が通用するにようになりつつある。千原氏は「かわいい」をどのように定義しているのだろうか。

 

千原ふとしたときに口から出てしまう「あ、かわいい」。おそらく人の感情なかで一番最初に出てくる言葉だと思うんです。なので僕はグラフィックデザインで、血が出たりするような怖い表現は一切使いません。れもんらいふでは「かわいい」をベースにすべてをデザインします。「左揃えよりも、真ん中揃えの方がかわいくない?」と、あらゆるデザインの基準が「かわいい」ある。その先に、”れもんらいふっぽさ”が仕上がっていくんです。

 

「I ♥ NY」に”かわいい”を感じた具体的なエピソードとして、先日千原氏が実際にNYのブルックリンで見かけたある女の子の着こなしを紹介してくれた。

れもんらいふではファッションに関連する仕事も多く手がける。プレゼンにおいては、ロジックで理詰めにしていくのではなく、ビジュアルが持つインパクトを重要視しているのだとか。「例えば、プレスの女の子がそれを見た瞬間、『かわいい』と言ったら勝ちといいますか、そこを目指してやっていますね」。

 

千原アイスクリーム屋さんに、ある黒人の女の子が並んでいたんです。彼女はハイブランドのバッグを手に持っているんだけど、羽織ったジャケットの下に「I ♥ NY」のTシャツを着ていました。お土産のTシャツを使ったコーディネートがとてもオシャレで可愛かったんです。「KISS, TOKYO」もお土産の域を越え、普段の生活でも使ってもらえることを意識して作りました。


「文化に拡散はいらない」

「I ♥ NY」が生まれた80年代と比較すると、現在ではSNSに代表されるように、ロゴやデザインを広めるための情報ツールが充実しつつある。それでも、「文化に拡散はいらない」と千原氏はいう。普段より広告プロモーションに携わることの多く、SNSに通暁しているからこそ、一過性のブームにしないための慎重なSNS活用を提言する。

 

千原今の世の中だからこそ、80年代にどうやってロゴが広がっていったのかを参考にするべきではないでしょうか。「とりあえず拡散させましょう」といった考え方を一旦脇に置く必要があると思います。SNS自体は大事だと思いつつ、一過性の話題になってフワッと消えてしまうことも少なくないからです。それよりは、もう少し”手に取る優しさ”みたいなものを大切にする方が、徐々に文化として根付いていくと思います。

 

千原氏が”文化”にこだわるのは、「KISS, TOKYO」のグラフィックデザインが単なるプロダクトのためではなく、都市という実体なきものだからだろう。都市には歴史を超えて、人々が行き交い、各々が都市に対するイメージを醸成してきた。都市とロゴの関係性を考えるにあたり、千原氏は何を念頭に置いているのだろうか。

 

千原僕は京都出身なのですが、やっぱり日本の文化の中心は東京だと思います。高校生の頃は、ピチカートファイヴや小沢健二に代表される渋谷系に憧れていました。今では渋谷に自分のオフィスを構え、憧れていた東京の街に馴染んできました。だからこそ、東京に少しでも恩返しといいますか、「自分は東京大好きだよ」ってことを言えたら良いなと思ったんです。

「KISS, TOKYO」が真の意味で文化となったとき、「KISS, SEOUL」のように、いい意味で真似られるようになれば嬉しいと語る千原氏。

 

ただ、僕自身はあくまで発起人なので、「KISS, TOKYO」は自然と僕の手から離れていくのが望ましいと思います。もはや誰が作ったのかすら風化して、小さいお菓子に付いていても良いし、気づいたら観光地のあちこちに溶け込んでいってほしい。


オリンピックはあくまでも通過点。長く愛される文化的ロゴになるために

「KISS, TOKYO」が2020年を見据えていることは間違いないが、それでも千原氏が強調するのは、オリンピックが終わった後の街の風景だ。たしかに、オリンピックで外国人観光客の数は爆発的に増えるだろう。それでも世界的な一大イベントが過ぎ去った後にこそ、都市としての文化度は問われる。そんなときに、東京のシンボルとしての「KISS, TOKYO」が根付いた未来に向けて千原氏は動き出している。

 

千原具体的なロードマップは決めていません。ただ、理想としては「I ♥ NY」のように、空港に置かれていて、Tシャツやマグカップを外国人がみんな買っていくこと。あとは、「KISS, TOKYO」をテーマにさまざまなタイプのアーティストを招いたアート展もやりたいです。

 

僕が持っている感覚は「大量生産の安いものを良いと思えることが一番大事」ということ。これはアート展をやりたい理由にも繋がるのですが、アンディ・ウォーホルの『32個のキャンベルのスープ缶』やシルクスクリーンによるマリリン・モンローの作品は、どちらも大衆文化の価値を上げたものです。

 

8月のローンチパーティー以後、「KISS, TOKYO」はコラボレーション企業探しや、小売店舗の拡大にも取り組み始めた(オンラインでもグッズの購入が可能)。最後にあらためて、民間で東京のロゴを作り上げていくことの意義とは何なのだろうか。

千原当然オリンピック以降もロゴが文化として根付いていくことが大切です。それでも、現状のオリンピックへの準備がどうしても国が上から下に降ろしている感覚が否めません。ロゴにしても競技場にしても、「これですよ」と言われている感が強い。

 

民間で下から上に作り上げていく方が、オリンピックともうまく共同体になれるのではないでしょうか。オリンピック会場には、オフィシャルロゴのTシャツを着ている人もいれば、「KISS, TOKYO」のTシャツを着ている人もいるかもしれない。オリンピックともそうした関わりを持ちながら、文化に根付くロゴになってほしいと思っています。

 

 

アートディレクターとしてこれまで数々の作品を手がけてきた千原氏は、「デザインの価値が軽視されているのではないか」という想いを抱えていた。
そこで、グラフィックデザインの価値を伝えるため、東京にアイデンティティを与える「KISS, TOKYO」は始動。構想から二年が経ち、オリンピックまでは三年を切った。

 

「文化に拡散はいらない」ーー。取材を通じてもっとも印象的だった言葉の背景に、「バズ」を偏重する昨今のマーケティングやプロモーションの風潮へのアンチテーゼを感じ取る。

 

ブームではなくカルチャーを目指す「KISS, TOKYO」。街の表情を変えようとしている、このロゴを東京の街角で見掛けることがあれば、ぜひ手に取ってみてほしい。

 

 

Interview photo:ENO SHOHKI

 

Written by
長谷川リョー
『SENSORS』シニアエディター。編集者、ライター。リクルートホールディングスを経て、独立。修士(東京大学 学際情報学)。複数媒体でライティング、構成、企画、メディアプロデュースを行う。将来の夢は馬主になることです。
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長谷川リョー
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