2019.5.13


日本の総広告費は年々増加している。2018年は、6兆5,300億円(前年比102.2%)となり、7年連続のプラス成長となった。

電通・2018年日本の広告費より)

そんな中、いま求められる広告の形とはなんだろうか?情報が溢れる中、広告を見抜く消費者の目も肥えてきている。

広告の未来について、世界の広告の祭典・カンヌライオンズを読み解きながら考えていく。


社会に問題を提起するパンテーンの広告


(P&G株式会社 プレスリリースより)

2018年9月からスタートした、ヘアケアブランド「パンテーン」の広告が度々話題となっている。

「#1000人の就活生のホンネ」というテーマのもと、「自由な髪型で内定式に出席したら、内定取り消しになりますか?」というメッセージとともに就活生達から集めた声が並んでいる広告だ。激化する就職活動ではリクルートスーツに一つ結びの黒髪スタイルが当たり前となっている社会に対して問題を提起する広告だ。

その後同社は新年の広告に、白髪を染めず、多くの女性の賞賛を得た近藤サトと、ボリューミーな“爆毛”ヘアでSNSで大きな注目を集めたベイビーチャンコという個性的な髪型の2人を広告に起用した。その意図は、ありのままの自分を素直に表現することを大切にするというメッセージだ。

そして3月からは、中高生の「髪型の校則」をきっかけに社会全体で学生の個性の尊重について考える広告キャンペーン「#この髪どうしてダメですか」を展開。

全国の現役中高生・卒業生・先生の男女合計1000人を対象に「髪型校則へのホンネ調査」や、タレント・りゅうちぇるを起用してのティーン向けラジオ番組企画、それらの声を広告として掲示するなど幅広く展開している。

パンテーンが広告を通して社会に提起している一連のキャンペーン。
企業フィロソフィーである「あなたらしい髪の美しさを通じて、前向きな一歩をサポートする」ことを体現するために行なっているという。

(PRTIMES・全国合計1000人の中高生、卒業生、先生の“髪型校則へのホンネ”を徹底調査 パンテーン 『#この髪どうしてダメですか』 より)

一企業のプロモーションという広告の枠組みを超えて発信するパンテーン。

こうした社会問題を背景に自社のメッセージを発信する姿勢は、世界全体で巻き起こっている。


マーケティングも広告も一筋縄ではいかない!年々複雑さを極める広告業界


広告のトレンドを見るには、世界的な広告の祭典・カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル(以下、カンヌライオンズ)が欠かせない。

1954年から始まったカンヌライオンズでは、毎年世界中の広告を集め、その年に最も優れていた広告に賞を与える世界一の広告の祭典だ。

ファッションの世界ではパリコレがその年のファッションのムーブメントを決めるように、広告の世界ではカンヌライオンズから広告のムーブメントを毎年発信しているのだ。

 

そんな広告の世界はここ数年、複雑さを極めている。

カンヌライオンズでは広告の種類によって映像・サイバー・ラジオ・ダイレクトマーケティングなど、エントリーする部門が分けられており、それぞれの分野で表彰が行われる。2004年時点では7つほどだった部門が2017年時点には24の部門まで分岐し、2019年には27部門が発表された。

その中には「ソーシャル&インフルエンサー」部門や「クリエイティブEコマース」部門や「サスティナブルデベロップメント(継続可能な発展)」部門に、ジェンダー問題を扱う「Grass THE LION」など、時代の流れを反映した部門も誕生している。


CANNESLIONSより

急速に増え続ける広告の部門に批判もあがるが、カンヌライオンズ主催側は「部門が増えているのは、現実のマーケティングやコミュニケーションの世界が変化しているからであり、カンヌライオンズはその世相を反映しているだけだ」という意見だ。

つまり、時代に必要とされる広告のあり方やマーケティング手法が多様化し、広告主と消費者のコミュニケーションも年々複雑性を極めているということの現れなのだ。


広告はソーシャルグッドが受け入れられる。カンヌライオンズ受賞作の傾向

その背景にはもちろん、インターネットやSNSの普及がある。これまで企業と消費者のコミュニケーションはマスメディアや印刷物など一方向が主だったが、2000年以降のインターネットの急速な普及により広告の形はインターネット上でアクションが起こせるなど「インタラクティブ(双方向)」なものへと移っていった。

そしてSNSが当たり前な情報ツールとなった今、広告のコミュニケーションはインタラクティブであり、消費者にとって”自分ごと化”できるものが必要とされている。

近年カンヌライオンズでも叫ばれているのは「ソーシャルグッド」を推奨している広告だ。

ソーシャルグッドとは、社会貢献に類する活動を支援・促進するソーシャルサービスの総称、または、そうしたサービスを通じて社会貢献活動を促進する取り組みのことだ。

 

2017年に3部門での受賞を果たしたFearless Girlもその象徴だ。

女性の社会的な地位向上を訴えるため、ニューヨークの金融会社がウォール街に設置した少女像にまつわるプロモーション映像。

Fearless Girl

また、2018年に最優秀賞を受賞したP&Gの人種差別にまつわる広告も社会的な意義を訴えかける広告だ。

The TALK

2018年はデザイン部門でもイギリスの環境保護団体Plastic Oceansとニュースサイトが行った環境破壊に対するキャンペーンがグランプリを受賞した。(The Trash Isles(ゴミ諸島))

 

ソーシャルグッドが評価されている世界的な動きの背景には、これまでの広告で求められてきた「どう伝えるか」よりも、「意味のある成果に繋がったのか」という成果への評価へと重要視する観点が変わったことによる。

30年前には存在していなかった、インターネットのデジタル広告が台頭し、広告の数値化が容易になった今、広告の評価軸は「手段」よりも「成果」へと移行しているのだ。

そうした背景があるため、広告の成果は一企業の繁栄に限らず、より広く社会一般への良き影響に繋がるものが求められているのだ。


国連が提唱する「
持続可能な開発のための2030アジェンダ」とミレニアル世代の影響

その背景には、国連が発表している「持続可能な開発のための2030アジェンダ:SDGs(以下、SDGs)」がある。国連が2030年に向けて世界で解決に向けて取り組んで行きましょう、と発表しているSDGsは、世界中が取り組まなくてはいけない世界的な社会問題。

貧困をなくす、飢饉をゼロに、ジェンダー平等を実現、環境を守ろう、など解決して行きたい問題が17つ並んでいる。

SDGsが発表された2016年のカンヌライオンズでは、国連事務総長の潘基文(バン・キムン)が講演を行なっている。

「あなた方(※カンヌにいるクリエイターを指す)は、とても強い力を持っているストーリーテラーです。私たちがこれまでで最大の人類のためのキャンペーン、SDGsを実現するために手助けをしてほしいのです。」

バン・キムンはそう語り、SDGsはすべての企業や人々にとっての事業であり、特に若い人たちと女性を刺激するためのストーリーを作るための最前の方法を見つける手助けをしてくれるように求めたのだ。こうした流れにより、よりソーシャルグッドを広告に求める動きは強まっている。

 

また、2025年に世界人口のおよそ75%を占めるといわれているミレニアル世代の価値観も欠かせない。

インターネットに幼少期から触れてきたミレニアル世代にとって、物を買う意義は前世代と比べて大きく変わってきた。

消費社会の中、大量の情報から取捨選択をすることを鍛えられてきたこの世代は、物を買うときもただ物を買うのではなく、そこにあるストーリーや共感、体験を買う傾向があると言われている。その流れから製造の工程が透明化され、消費者に可視化されている「エシカル」を好む傾向も起きている。

情報の虚偽を見抜く力を身につけたミレニアル世代にとって、メッセージや製造過程に「透明性があること」は欠かせなくなりつつある。「透明性」が商品にも広告にも大切なキーワードとなってきている。

 

世界規模での社会問題解決や、透明性を求めるこうした動きが世界で起きており、今後10年に渡ってこの流れは大きくなって行くだろう。


そうした中、広告に求められることは?

社会的意義のあるソーシャルグッドなプロモーションに、透明性のある嘘のないメッセージ。上辺ではない本質的な価値が広告の世界にも求められる傾向が高まっている中、そうしたクリエイティブを作るためのメッセージを探すにはどうしたら良いのだろうか?

「この国は、女性にとって発展途上国だ」。

このコピーは、女性用化粧品の企業・POLAが2016年に打ち出した広告のコピーだ。
社会の中で働いている女性たちの「不条理」を表現したコピーとCMはSNSを通して大きな話題と賛否両論の意見を巻き起こした。

2029年に100年を迎えるPOLAは、女性社員が7~8割を占めるが、社会全体を見渡すと女性の社会進出のための環境は揃っていないと感じ、男女の差もなく多様性が受け入れられ働ける社会の実現に向けて、このメッセージを打ち出したという。
その背景には、POLAの歴史がある。

1929年に創業したPOLAは、1937年に京都で男性の販売員を募集していた。その看板を見た女性が「女じゃあきまへんか」と訪れたことから、まだ女性の販売員が珍しい時代から、POLAは女性の販売員を登用した。定年もないPOLAの販売員の中には、80代・90代の現役販売員も珍しくないという。

そんな会社の歴史が後押しし、POLAは現代社会への一石を企業として投じることができたのだ。

 

どのような企業にも、その企業が成し遂げたいビジョンや未来、メッセージがあるだろう。

そのサービスを開発するに至った経緯には、なにかしらの解決したい課題があり、問題意識があるはずだ。目の前の課題に立ち向かい続けるうちに忘れてしまいがちな会社の原点のビジョンに立ち返り、本質を見直すことで、現代社会に向けて企業として打ち出したいメッセージや提案が出てくるだろう。

また、世界的な問題であるSDGsと自社のサービスを照らし合わせて、自社ではどの領域なら手助けができるのかを考えることも大切だ。

反面、そのような社会問題をテーマに広告を制作する場合、そのメッセージが社会が必要としているものとズレがあると炎上につながってしまう。
特にジェンダーを扱ったものはここ最近でもいくつかSNSを通じて炎上している国内事例もある。とはいえ社会の粗に対して一石を投じれば波紋は広がる。大切なのはその投げかけたメッセージが企業としての本質をついているかいないかだ。

本質的な課題を見つけ、それに立ち向かうのはなかなかに厳しい。が、SNSなどを通してそうした企業姿勢にも注目が集まる時代。
そうした中でグローバルな課題と日本社会の課題、そして企業の課題を照らし合わせて模索することが、これからの広告に必要なメッセージを探る手段なのではないだろうか。

 

Written by
前田 沙穂
2019年1月からCOMPASSの全ての記事の企画・編集を行う。フリーライター&アートディレクター。マーケティング,ガールズカルチャー,サブカルチャーを軸に企画・ライティングや、女性アイドルやアーティストのクリエイティブディレクションなどを行う。https://twitter.com/sahohohoho
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