先日の記事で取り上げた時計ブランド「ダニエルウエリントン」をはじめ、新興ブランドがミレニアルズから支持を集めている。新興ブランドはマーケティング戦略において、ミレニアルズに馴染みがあるソーシャルメディアやインフルエンサーを活用し、ゼロから認知度を上げてきた。
一方、既存の高級ブランドはどうだろう。一般的にミレニアルズを主要顧客として取り込んでいるイメージはあまりないのではないだろうか。ミレニアルズの多くは、経済的にも高級ブランドに手が届かないと考えられるから、それは当然なことともいえる。
しかし、それは通俗観念なのかもしれない。1921年創業の老舗高級ブランド「グッチ」は、ミレニアルズを取り込むことに成功しているようだ。
ミレニアルズを取り込み顧客層を拡大
マルコ・ビッザーリ The New York Times Conferencesより
英ガーディアンの報道によると、グッチの2017年第三四半期の売上高は前年比49%増となり、売上高の55%が35歳以下の顧客の購買によるものだという。実はそんなグッチも、つい数年前までは売り上げが低迷していた。
転機が訪れたのは2015年。売上高が2014年の39億ドルから2015年には44億ドルへと増加したのだ。グッチの業績が上向いた要因の一つとして、ミレニアルズを主要顧客として取り込み、顧客層を拡大したことがある。この転機の背景には、マルコ・ビッザーリ(Marco Bizzarri)の存在があるとみられる。
ビッザーリは2015年にCEOに就くと、ボトムアップ的な企業文化を取り入れ、ミレニアル世代の社員たちからアイデアを取り入れる体制を構築した。その成果として、社員が自発的にアイデアを出せる機会をつくったり、30歳以下の社員で構成される委員会「シャドーコミュニティ」を設置したりしたことが挙げられる。
ビッザーリは、クリエイティブ・ディレクターに新進気鋭のデザイナー、アレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)を指名。さらに、グッチの服を着用する広告塔には、歌手のリアーナやレディ・ガガ、女優のブレイク・ライブリーなど、ミレニアルズが支持するミレニアル世代のセレブを登用した。
こうして企業文化が若返ったグッチは、ミレニアルズを主要顧客として獲得していった。将来を見据えたビッザーリの舵取りが成功したといえるだろう。
高級品市場はミレニアルズが購買力を持つ
世界有数のコンサルティングファーム「ベイン・アンド・カンパニー」が出した「世界の高級品市場レポート(2017年春季版)」では、2025年には世界の個人向け高級品市場の45%をミレニアル世代やZ世代が占めると予測されている。
同レポートでは、高級ブランドがミレニアル世代の感覚に合わせて取るべき指針として、以下の項目が示されている。
・1対1の関係を構築して地場の顧客を育てる
・製品やサービス、メッセージを個人に合わせてアップグレードする
・総合的な販売手法を開発して顧客と関与する一連の行程を一から見直す
・感覚に訴えかける会話や体験を介して、顧客にブランドの世界観を体感してもらう
・顧客と関与する行程のすべての接点に熟練し、継続的な全方位エンゲージメント計画を作成する
これらをまとめると「パーソナライズ」「顧客接点の強化」「ブランドの世界観の発信」というキーワードに集約されるだろう。
ミレニアルズの支持を集めることに成功したグッチは、これらのキーワードに対して確かな打ち手を講じているように見える。
パーソナライズ「GUCCI DIY」
GUCCI DIYによるイニシャル入りのスニーカー GUCCIより
パーソナライズの取り組みとしてユニークなのは「GUCCI DIY」。グッチの限定店舗において、スーツ、シャツ、ニット、シューズ、ジャケット、コート、バッグのカスタマイズが可能。自分好みのデザインの刺繍やパッチを組み合わせ、自分のイニシャルを入れられる。
顧客接点の強化「ポピュラーカルチャーへの接近」
グッチは近年、ポピュラーカルチャーへの接近を試みている。グッチの広告塔に起用されているレディ・ガガは2016年、アメリカンフットボールの祭典「スーパーボール」のハーフタイムショーで、ミケーレがデザインした真っ赤なスーツを着用して話題をさらった。
他にも、歌手のテイラー・スウィフトやセレーナ・ゴメスをはじめ、多くのセレブがグッチのスニーカーを着用。スニーカーは550ドルから販売され、価格帯が高いバッグや服に比べるとミレニアルズにも手を出しやすい。
ミレニアルズにも手が届く価格のエントリーモデルともいえる商品を訴求することで、ミレニアルズを獲得しているのだ。
ブランドの世界観の発信「ビジュアルコンテンツの充実」
GUCCIより
グッチの商品は決して安くない。「こだわりがあるモノなら高くても購入する」という消費者意識に訴えかけなければ、まず購入されないだろう。
ブランドのDNAやヘリテージを伝えるためには、品質や機能性の高さという基本的な価値は当然として、デザインや世界観の独自性などの要素も、消費者の感性に訴えかける必要があるだろう。デジタル戦略を推進するため、グッチはウェブサイトをリニューアルし、2015年にはユニークビジター数1億を集めた。
サイトでは、ブランドの世界観を表現したビジュアルコンテンツを充実させた。現在のグッチの世界観とはすなわち、ミケーレのアーティスティックで独自の世界観といってもいい。彼がいかにして、何からインスプレーションを得て世界観を形成しているのか。サイトを見れば一目瞭然である。
サイト内のカテゴリ「ストーリー」配下のコンテンツは、アーティスティックなビジュアルが特徴的だ。たとえば、神話からインスピレーションを受けて制作された2017年ギフトギビングブックについて、西洋古典学を専門とする学者が神話の観点から解説したコンテンツがある。こうしたコンテンツの一つ一つは見ているだけで美しく、グッチの格式の高さを感じさせる。
アプリやインスタでも世界観を発信
グッチは公式アプリで、ブランドのインスピレーション源になった世界観や価値観に沿った場所を世界中から選び、「グッチ プレイス」として紹介している。最近、東京・中目黒のカセットテープ店「ワルツ(waltz)」が加わったことでも話題だ。
この中の一つに、英国の歴史的な邸宅チャッツワース・ハウスがある。クリエイティブディレクターのミケーレは、チャッツワースにインスピレーションを受けたコレクションを発表している。
インスタグラムを活用したブランド世界観の発信にも積極的だ。アーティスティックなビジュアルコンテンツが多数投稿され、フォロワー数は2,000万を超えた。
ミレニアルズは重要な顧客層
世界の個人向け高級品市場の大半をミレニアル世代やZ世代が占めると予測される未来を見据え、グッチは特に「顧客接点の強化」と「ブランドの世界観の発信」に力を入れている。当然、ソーシャルメディアを活用して、ミレニアルズを主要な顧客層として獲得することにも積極的だ。
ミレニアルズは将来的に経済力を持ち、高級ブランドにとってより重要な顧客層となることは間違いない。グッチは今後、ミレニアルズに対して関係強化を図る打ち手を講じていくだろう。グッチの動向からしばらく目が離せない。
(文中敬称略)