SNSを当たり前に使うようになった2010年代から急速に市場が盛り上がっている、インフルエンサーマーケティング。
2019年になっても、インフルエンサーマーケティングの勢いはとどまらず、一過性のマーケティング手法ではなく、当たり前のものとして業界では定着してきた。
そんなインフルエンサーマーケティングを行うものにとって忘れてはならない事例を振り返ってみよう。
年々拡大し続けるインフルエンサーマーケティング市場
InfluencerMarketingHubより引用
InfluencerMarketingHubによるとインフルエンサーマーケティングの市場規模は2016年17億ドル(約1900億円)、2017年30億ドル(約3300億円)、2018年46億ドル(約5100億円)、2019年65億ドル(約7200億円)※推定と推移している。国内だけでも、2019年には267億円が見込まれている。
また、全世界で2015年は190程度だったインフルエンサーマーケティング特化型のプラットフォームやエージェンシーの数が2018年は740へと増加した。
インフルエンサーマーケティング業界が盛り上がる中、より透明性のあるインフルエンサーマーケティングを目指して活動するプラットフォーム(例:Register of Health & Wellness Influencers)も立ち上がっている。
公的機関もインフルエンサーマーケティングの健全化に動いている。2017年4月、米国の連邦取引委員会(Federal Trade Comission)は広告主と金銭授受の関係にある商品の投稿には#adや#sponsorなどの広告表記をするようインフルエンサーに注意喚起を行った。
そんな、連邦取引委員会までもが動くに至ったのには、インフルエンサーマーケティングに関わるある事件がある。
それが、2017年4月バハマの離島で開催が予定されていた音楽フェスFYREフェスの大失敗である。
2019年に入ってオンライン動画配信大手NetflixとHuluはこのFYREフェスをテーマにしたドキュメンタリーをリリース。Netflixのドキュメンタリーは『FYRE: 夢に終わった史上最高のパーティー』、Huluのドキュメンタリーは『FYRE FRAUD(和訳するとFYREの詐欺)』。これらのドキュメンタリーをきっかけにFYREフェスが再びマーケターの注目を浴びている。
マーケターの間で何が話題となっているかというとインフルエンサーマーケティングのとてつもない影響力とその分だけ利用法を間違えると”逮捕される”までの代償を負うということだ。
インフルエンサーが加担した詐欺フェスティバルFYRE
元々、FYREフェスはセレブと共に海辺で優雅な時を過ごす、豪華な宿泊施設や食事を含んだ音楽フェスとして売り出された。FYREフェスチケットの価格は数十万~100万円と高額なものであった。スーパーモデルがインフルエンサーとしてInstagramにFYREフェスのプロモーションとなる投稿をしたのをキッカケに人気爆発。8000枚のチケットは完売となった。
ただ、いざ当日フェスのためにバハマの離島を訪れた参加者が目撃したのは簡易仮設テント、ボトルウォーターとパンとチーズのみの粗末な食事であった。DJやミュージシャン、セレブは島におらず、ほとんど詐欺に近いフェスの内容にクレームが相次ぎ収拾がつかず当日にフェスはキャンセルされる顛末を迎える。
そして、フェスの主催者であるビリー・マクファーランド氏に対して約100億円に上る集団訴訟が起きビリー氏は2017年6月に逮捕。現在、6年の禁固刑で服役中である。
FYREフェス事件後のインフルエンサーマーケティング業界への余波は大きい。前述した連邦取引委員会の注意喚起のみならず英国の広告基準協議会(Advertising Standards Authority=ASA)も広告明記を注意喚起するように動いている。世界的にもインフルエンサーマーケティング業界の健全化に向けて動き始めている。
FYREフェスが開催された経緯
FYREフェスが開催された経緯を時を遡って見ていこう。
後のFYREフェス主催者となるビリー・マクファーランド氏は米国ペンシルベニア州のバックネル大学をわずか9か月で中退後、ニューヨークに拠点を移しビジネス活動を開始。
ビリー・マクファーランド氏(出典:FYRE: The Greatest Party That Never Happened | Official Trailer [HD] | Netflix)
ビリー氏のメインの事業はクレジットカードMagnisesの発行。Magnises年間会員費250ドルを払うことでMagnises会員は会員制のクラブに入場したり、イベントに参加可能となる。ビリー氏はこのMagnises主催イベントに出演を依頼する際にラッパーのジャ・ルール氏と知り合った。
左ビリー・マクファーランド氏 右ジャ・ルール氏(出典:FYRE: The Greatest Party That Never Happened | Official Trailer [HD] | Netflix)
この2人の出会いからセレブやアーティストを簡単にブッキングできるアプリ「FYRE」のコンセプトが立ちあがる。従来、著名なセレブやアーティストにイベントへの出演を依頼するのはコネがなければ難しいものだったが、「FYRE」を使えば簡単に出演依頼ができる。
FYREフェスはこのブッキングアプリ「FYRE」の認知度を高める施策として開催されたのである。フェスへの集客にはスーパーモデルらインフルエンサーを活用したマーケティングが貢献し、フェスのチケットは高額なものの8000枚販売された。
スーパーモデルを活用した集客
2016年12月、FYREフェス運営はフェスのプロモーションコンテンツ制作のためスーパーモデルをバハマの離島に集めてヨットやロッジでパーティー三昧をしている様子を撮影した。
同年12月12日その様子を撮影した写真をスーパーモデルが「#FyreFest」とハッシュタグをつけてInstagramに投稿。すると大反響。各種メディアがFYREフェスを取り上げバズが起きた。
Hailey Baldwin
Alessandra Ambrosio
またスーパーモデル含む計63人のインフルエンサーらがFYREフェスのカラーであるオレンジのタイルの写真を同12月12日に投稿。24時間で計3億インプレッションを記録。FYREフェスのサイトへのリンクも貼っていたこともあり大量のトラフィックが生まれチケット8000枚が販売された。
プロモーション動画では離島の豪華ロッジでスーパーモデル達がパーティーをしている様子が収められた。FYREフェスに参加すると参加者も同じようにセレブと一緒に海辺で最高に楽しい時間を過ごせる。そんなFYREフェスのイメージが形成され期待は最高潮に。
出典:FYRE: The Greatest Party That Never Happened | Official Trailer [HD] | Netflix
一連のマーケティングによって確かに集客には成功したと言えるかもしれない。しかし、前述したように実際のFYREフェスの状況は惨憺たるものであった。
パブロ・エスコバルの島を借りることはできず最終的に辛うじて借りることができたのは工事中の島。島にはホテルやコテージもなく水道、電気などのインフラも整備されていなかった。
FYREフェスのマーケティングのコスパは良かったのか?期待値を高め過ぎた代償
集客に成功しインフルエンサーマーケテイングの強力さを示しているかに見えるFYREフェス。しかし、実際にインフルエンサーに支払った金額に見合った成果はあったのだろうか。
インフルエンサーでスーパーモデルのKendall Jenner氏の証言によるとSNSへの投稿1つに2500万円もの報酬は支払われたという。他のモデルにも投稿1つにつき数百万の報酬が支払われた。63人のインフルエンサーが投稿に協力し報酬として5億円以上の費用が発生したと予測される。膨大な資金をインフルエンサーマーケティングにつぎ込んだわけだ。5億円をかけて8000人の集客と言うのは決して費用対効果が良いものではないだろう。インフルエンサーへの多額の報酬はFYREの運営資金難の原因にもなった。
豪華な海辺の宿泊施設で美味しい食事が提供される。セレブとともにを優雅な時間を過ごす。そんなプロモーションで売り込んだ結果、参加者の期待値はとてつもなく高くなっていた。
しかし、いざ当日フェス参加者が宿泊することになったのは仮設テント、そして食べることになったのはボトルウォーターとパンとチーズのみだ。
出典:FYRE: The Greatest Party That Never Happened | Official Trailer [HD] | Netflix
The dinner that @fyrefestival promised us was catered by Steven Starr is literally bread, cheese, and salad with dressing. #fyrefestival pic.twitter.com/I8d0UlSNbd
— Trevor DeHaas (@trev4president) April 28, 2017
期待されていた内容とあまりにも乖離があったためクレームが殺到。フェスを主催した米国のビリー・マクファーランド氏には集団訴訟が起き、6年の禁固刑で服役中することになった。
FYREフェスから報酬を受け取っていたインフルエンサーらも#adや#sponsorと広告表記をせずSNSにPR写真を投稿していたとして批判を受けることになる。
FYREフェスプロモーション動画のコメント欄にも多数の批判コメントが書き込まれている。
「インフルエンサーは自分自身を恥じるべきだ。」
「インフルエンサーが関係してる商品はもう買わない。」
さらにはスーパーモデルのKendall Jenner氏はFYREフェスに関連した裁判で証人として出廷を求められている。
インフルエンサー自身もまさかこれほどまで杜撰な内容のフェスになるとは思っていなかったはずだ。しかしながら彼らの影響力の強さゆえに彼らも責任を問われることとなった。
社会運動のうねりを生み出すInstagram
InstagramはFYREフェスのように悪用されると問題を生むが、一方で従来とは異なる形で社会運動のうねりを生み出している。2017年、セクハラを告発する#metooはTwitter発祥でInstagramにも伝播してセクハラ告発運動のうねりを生み出した。
また2019年初頭、ロシアでSNSのVK(ロシア版FB)に水着写真を投稿した女性教師が学校に退職させられる事件があった。学校の生徒の保護者からその写真についてクレームを受けた学校が女性教師を「学校の名誉を汚した」として退職に追い込んだのだ。
この騒動を受けて「#учителятожелюди(教師だって人間だ)」運動がInstagramで巻き起こった。「#учителятожелюди(教師だって人間だ)」ハッシュタグの投稿には教師らが水着や下着を着た写真が1万8000件以上投稿されている。ロシア国内で学校に対する非難が集中し、退職させられた教師は別の職場への就職をサポートしてもらえることになったという。Instagramが社会運動のうねりを生み出す力を持っている証左と言えるだろう。
ますます影響力を持ちつつあるInstagramを活用したインフルエンサーマーケティング。今後も強い影響力を発揮するマーケティング手法として重宝されるだろう。
しかしながら、消費者の期待を裏切らないようにするためにもインフルエンサーと企業との間での綿密な情報共有、そして広告であることの明記は徹底されなければならない。FYREフェスの様に責任者が逮捕されるまでとはいわずともインフルエンサーマーケティングの誤用によって消費者の信頼を失うのは企業にとって多大な損失となるのだから。