街を歩けば、当たり前のように目にする“自動販売機”——現金を入れれば、飲み物が出てくる。長い間、変わることのなかった自動販売機の形ですが、スマートフォンの普及を機に、ここ数年で大きな進化を遂げています。
その代表的な例が、JR東日本ウォータービジネスが展開する「イノベーション自販機」。「これまでにない『自販機での新しい価値体験を提案し続ける』をコンセプトとした、「アキュアの自販機」の新たなラインアップです。
これまでの自動販売機と違い、独自のスマートフォンアプリ「acure pass(アキュアパス)」と連動し、事前にアプリで商品を購入した後に、「イノベーション自販機」にQRコードをかざして受け取る「マイドリンク受取」や、アプリにクレジットカードを登録し、QRコードをかざすことで商品の後払いが可能な「後払い受取」といった、お客さまのスタイルに合わせた新しいドリンクの購入方法を提案しています。また、アプリだからこそできる新しいサービスとして、SNSを通じて購入したドリンクを家族や友人へプレゼントするといったこともできます。
また、同自販機は「デジタルサイネージアワード2017」でインタラクティブ部門に入賞するなど、業界内外から大きな注目を集めています。なぜ、JR東日本ウォータービジネスはイノベーション自販機を開発しようと思ったのか。同社のイノベーション自販機プロジェクトチームのリーダーを務める、飯島俊介氏に話を伺いました。
会社設立10周年を機に誕生した「イノベーション自販機」
ー イノベーション自販機を開発しようと思った、きっかけは何だったのでしょうか?
飯島:まず市場環境について話をすると、2011年頃から飲料市場全体は右肩上がりで成長を続けているものの、自販機チャネルでの売上は縮小傾向にありました。ほとんどの消費者はスーパーやドラッグストアでの値引き販売や、コンビニでの食品とのセット販売で飲み物を購入していることもあり、ここ数年で“自販機離れ”が加速していたんです。そうした状況を踏まえ、何かを変えていかなければいけないな、と。
元々当社では、自販機を取り巻く環境への危機感から、2008年に「acure」ブランドを立ち上げ、ここを機転に、従来の自販機に対するイメージを、洗練されたものに変えていこうと動き出しました。その翌年、“自販機イノベーション”を宣言し、メーカー単一機からブランドミックス機に変更するほか、交通系電子マネーでの支払いに対応しました。
さらに、ここ数年の間に、大型タッチディスプレイや属性認証によるオススメ機能を搭載した、次世代自販機の展開。そして交通系電子マネーの新型読み取り機の開発により、“誰が、何時に、何を買ったか”を分かるようにしました。いわゆるデジタルマーケティングの推進ですね。こうした取り組みを継続的に行なっていきました。
飯島:そして、2016年に会社設立10周年を迎えたのを機に「リブランディングをしよう」ということでロゴ、コンセプトを変え、再スタートを切ることにしました。その過程で生まれたのが、今回のイノベーション自販機です。ですから、真新しく何か始めたわけではなく、10年くらい前から取り組んできたことの今における一つの答えが、イノベーション自販機ということです。
ー確かに交通系電子マネーでの支払いなど、比較的早い段階で新たな自販機の形を模索していましたよね。そこの原動力は、自販機を取り巻く環境に対する危機感が強かったのでしょうか?
飯島:そうですね。それもありますが、根本にあるのは弊社が創業当時から掲げる「エキナカに基軸を置いた飲料ビジネスの変革」というミッションです。我々は飲料ビジネスに新たな価値を提供し続けていかなければ、存在する意味がない、と。それは創業メンバーから言われ続けていたので、自販機業界の中でも新しいことにチャレンジしていくDNA(遺伝子)はあるのかな、と思います。
潜在的なニーズを掘り起こす。コンセプトは「顧客に答えを求めない」
ー 今回、イノベーション自販機を開発するにあたって、どういった顧客層をターゲットに据えていたのでしょうか?
飯島:実はあまり考えていませんでした。イノベーション自販機の開発は、部門横断的プロジェクトとして2015年3月にチームが発足し、5人のメンバーで企画の立案などを行なってきました。どのようなサービス・プロダクトを作るかは完全にプロジェクトに委ねられており、ゼロから考えていくことになりました。
そうした中、チーム内で決めたことが「顧客に答えを求めない」ということでした。
ー 顧客に答えを求めないというのは?
飯島:我々は“エキナカ”というロケーションに自販機を置かせてもらい、飲料の販売を行なっています。その過程で売り切れの状態を作らないなど、顧客が最低限必要に感じているものを提供するのはもちろんのこと、自販機の使いやすさや魅力的な商品など、「あったらいいと思うもの」も日々のマーケティングの中で提供してきました。
飯島:ただ、今回のイノベーション自販機は顧客のニーズを調査した上で開発するよりも、「まだ顧客自身も気づいていないニーズにアプローチしたい」と思ったんです。それで、一般的な自販機に対するイメージについて、19の感情から選択していただく生活者アンケートを行った結果「満足」「気楽」「落ち着き」といった「活性度の低い快感情」にカテゴライズされる回答がとても多く、私たちはこれまでの自販機ではアプローチできていない「活性度の高い快感情」を目指していこうと考えました。
購買体験を通じて、「活性度の高い快感情」にカテゴライズされる「驚き」「興奮」を与えられる自販機にすることが、潜在的な顧客ニーズを掘り起こすことにつながる、と考えました。
ーなるほど。それで今回、インタラクイティブな自販機が出来上がったというわけなんですね。この自販機を開発するにあたって、アプリ開発やサイネージデザインなどを担当している「チームラボ」の存在は欠かせなかったと思うのですが、なぜ協業することになったのでしょうか?
飯島:私が個人的にチームラボの展覧会を見に行ったのが、きっかけです。みんなで一緒になって何かを作り上げていく「共創」の体験がすごく面白いな、と。当時は協業する考えは全くなかったのですが、インタラクティブな体験づくりに関して、チームラボが最高のパートナーになると思い、私たちのほうからお声掛けしました。
まだ実験段階。イノベーション自販機は進化していく
ーイノベーション自販機の発表を聞いて、QRコードをかざして飲み物を受け取る体験も面白いと思ったのですが、何より面白いと思ったのが「まとめ買い機能」です。なぜ、この機能を開発しようと思ったのでしょうか?
飯島:“エキナカ”の自販機ということで、会社の行き帰りなど日常のルーティンの一環として同じ飲み物を購入していただいているお客さまが数多くいらっしゃるんです。自販機の前で1本ずつ買うことが常識の自販機に、これまでない「まとめ買い機能」によって便利でちょっとお得にご利用いただきたいと思い、開発することにしました。
ーということは、メインのターゲットはビジネスパーソンになるのでしょうか?
飯島:そうですね。日々の通勤でエキナカ自販機をご利用いただいているビジネスパーソンの方々に使っていただきたいですね。また、これまでの自販機にはない需要を探っていきたいと考えており、飲料とイノベーション自販機をコミュニケーションツールの一環として使ってもらいたいと考えていて、購入した飲料をSNSやメールなどで贈ることができる「ドリンクプレゼント機能」を搭載しました。ちょっとした感謝の気持ちなどをドリンクと一緒に贈れるようにしています。このような新しい機能を通じて人と人がつながり、、新しいコミュニケーションが生まれればいいな、と思っています。
ー設置後の反応はいかがでしたか?
飯島:機体のインパクトが大きくSNS上でもかなり話題になったのではと感じています。まず一度体験していただきたいということで、サンプリングを積極的に行ったことでうまく使ってもらえたんじゃないでしょうか。
一度使ってもらえれば良さを感じてもらえるので、継続的に認知向上を図る仕掛けをしていく必要があると感じています。引き続きアプリとと自販機を通じて商品ラインナップや新たな売り方を追求し、より多くの人にアプローチしていきたいですね。
ー最後に今後の展望を教えてください。
飯島:このイノベーション自販機は「ラボ(実験室)自販機」という位置づけとなっており、新たなチャレンジをしていく場だと考えています。まだ首都圏エリアを中心に20台しか設置していないですし、まだまだ未完成の状態。今後も、今までにない価値を提供する機能を継続的に開発していきたいと思っています。
ーありがとうございます!今後の進化も楽しみにしています!
JR東日本ウォータービジネスが新たに開発した、「イノベーション自販機」。実際に駅構内で使ってみたのですが、QRコードをかざして飲み物を購入する体験は新鮮なものでした。まだ設置されているエリアは少ないですが、最寄駅にイノベーション自販機があったら使ってしまうんだろうな、と。すごく日常の生活に寄り添っている自販機なのではないでしょうか。