2018.4.18

とかく伝統的なオーラをまといがちな大相撲。SNSも保守的かと思いきや、そのイメージは鮮やかに裏切られる。

イチオシのツイートは「千代丸関の寝顔!」と明るく話すのは、日本相撲協会でSNS運用を担当する加藤里実さん。相撲の”お堅い”イメージとはほど遠い、柔和な印象を与える存在感にまず驚く。聞けば、相撲協会以前のキャリアではマーケティングはおろか、SNSの運用経験もなかったという。しかも相撲協会に入るまで相撲のこともほとんど知らなかったようだ。

にもかかわらず、加藤さんが仕掛けるSNS施策は話題を呼ぶばかり。その秘訣とは何なのか。相撲協会のSNS戦略の一端を明らかにする。

加藤里実さん(公益財団法人「日本相撲協会」業務推進室主任)

飲食店チェーンを経て、2005年秋に相撲協会に入り、入場券管理や会員管理の仕事に携わる。2012年の広報部配属をきっかけにSNS運用を始め、企画・PRなども担当。


バズコンテンツは寝顔⁉

相撲協会がSNSに力を入れ始めたのは2011年のこと。この年公式Twitterアカウントを開設すると、瞬く間にフォロワーが増加。2018年4月現在、33万超のフォロワーを獲得している。過去にツイッターでバズった投稿を聞くと、加藤さんは「千代丸関の寝顔!」と即答。その投稿がこちら。

当時「かわいすぎる」と話題になったとのこと。実はこれ、加藤さんがこっそり撮影した写真。千代丸関は通称ちよまるたんと呼ばれ、SNSで人気の力士として知られる。加藤さんいわく「SNSに最も理解のある力士」だとか。

こうした投稿を含め、多いときには写真付きツイートを一日10個以上アップすることも。一体どのような体制でSNS運用を行っているのだろうか。

「広報部に所属している2人と私を含め、3人で運用しています。私も以前は広報部にいましたが、今は入場券を管理する部署にいます。入場券管理といっても、販売促進のためのPR活動は大切な業務なので、オフラインでの企画だけでなく、HP作成やSNS運用も行うことになったのです」

しかもSNSに投稿する写真はほとんど加藤さんたちが用意している。取組の写真はカメラを使って撮影。最近はiPhoneXも使い始め、地方巡業の際には行司(取組の進行役)や呼出(呼び上げや土俵整備など担当)が力士たちの様子を写真に収めている。写真に力を入れるのには理由がある。

「オフラインのイベントもSNSも、相撲を知ってもらうきっかけ作りなんです。興味を持ち、好きになっていただくためには、まず知ってもらうことが大事」


SNSで”コンバージョン”改善

SNSの効果をどう見極めるか。SNSを展開する組織ならどこでも同じ疑問にぶつかる。では、相撲協会はSNSが果たす役割をどう捉えているのか。入場券の管理業務も担う加藤さんらしく、”コンバージョン”の視点から語ってくれた。

「Twitterを始める以前、大相撲のチケット販売数は低迷していました。会場に半分程度しかお客さんが入っていない時期も……。そんな中、過去にTwitterのフォロワー3万人突破イベントで、『関取にお姫様抱っこしてもらえる権』という企画を仕掛けました。この施策は非常に話題となり、テレビ番組でもたくさん取り上げられ、大相撲がとても人気で盛り上がっている“空気感”をつくれました。その後、次第にチケット販売数は伸び、今では前売り券が完売、チケットを取りたくてもなかなか取れない状況になっています」

壁ドンブーム真っ只中の2014年、力士が女性をお姫様抱っこするという”力技”の企画は、今に続く相撲ブームを呼び込むきっかけになったといっても過言ではないだろう。その当時のツイートがこちら。女性人気の高い遠藤関(左)を起用するニクい演出を見せている。

もはやスポーツビジネス界の敏腕マーケターといって差し支えないだろうが、加藤さんは相撲協会に入る前から相撲好きだったわけではない。相撲協会での仕事が「面白そうだから」という理由で受けて入ったという。そこから十数年。大相撲の浮き沈みを両方見てきた。

「一時期、チケットが全然売れませんでした。プロモーションやマーケティングを担当する部署がない中、ただ席を売るだけではダメ。企画やPRもセットでやらないと売れない。そう思って力を入れたのがSNSでした。客席がガラガラだった時期に比べると、完売が出るようになったことは本当に感慨深い。SNSでの反響が大きかったと思います。お客さんとの接点が増えてよかった。社会の空気を作るのにすごい役立っています」

チケット販売は絶好調。満員御礼の垂れ幕が掲げられた両国国技館(日本相撲協会提供)

ツイッターには力士のオフショットも投稿され、人気を呼んでいる。例えば、2016年12月に巡業中の力士たちが沖縄・宜野湾市の浜辺でジャンプする様子を写した投稿は、NAVERまとめができるほど話題となった。オフショットはその後も人気を呼び、定番コンテンツと化した。さらに、場所中の珍しいショットも人気だ。

こうした投稿もすべて試行錯誤の結果。加藤さんはデジタルマーケティングのセミナーに通うこともなく、独学で勉強しながら実地でやってきた。SNS運用の開始当初は社内でも理解を得られなかったそうだが、今では周囲の反応も上々だ。さらに加藤さんが始めたことで、SNSで情報発信する力士も少しずつ増えてきている。


若年層を狙ったインスタ展開

現状、SNSで主なターゲットにしているのは若年層だ。だが、20代の割合は来場者全体の数パーセントに過ぎない。若い世代に訴求するため、2017年9月からInstagramの運用を始め、アカウント開設から半年で1万4000フォロワーを獲得している。

加藤さんは「今までTwitterによって大きく成長できたので、これからはビジュアルに力を入れたInstagramも強化していきたいと考えています」と話す。2018年には全場所で、SNSフォトプリントサービスを展開するSnSnapとタッグを組んでInstagramキャンペーンを実施する。その狙いを聞くと・・・

「SnSnapの#SnSnapでは、SNSへ投稿した写真を相撲協会オリジナルデザインのフォトカードとして来場者に渡すことができます。フォトカードをもらうためには、まず自分で好きなシーンを撮影してSNSに投稿する必要があります。来場してくださった若い方に自身の周囲へと相撲の魅力を発信していただきたいのです」

キャンペーンを実施した結果、相撲協会にどのような効果がもたらされているのだろうか。

「#SnSnapはInstagramへのハッシュタグ投稿が必須だったため、20代から40代の比較的若い層が主な利用者でした。一月場所では、#SnSnapによるフォトカード発行枚数が約3000枚。Instagramで<相撲>のハッシュタグがつけられた投稿は5000を超え、322万ユーザーにリーチできました」

一月場所では#SnSnapだけでなく、相撲協会オリジナルフレーム付きの動画をプレゼントするカメラサービス#MirrorSnapも導入した。

「#MirrorSnapはSNSを使わずに現地で動画撮影が可能なため、非常に幅広い層の方に利用していただきました。外国人観光客にも携帯を持っていない年配の方にも楽しんでいただきました。世代・性別を問わず、記念の写真・動画を撮りたいというニーズが強く存在していると感じました」


ようこそ相撲の世界へ

相撲を見に訪れる外国人観光客は増えてきているという。パンフレットをはじめ、英語対応も進めている。デジタルマーケティングでもインバウンド施策も打っているのだろうか。

「今のところは日本の方へ向けた施策がメインです。というのも、来場者全体で見ると外国の方は、まだまだ3、4%程度。Twitterのフォロワーも97%は日本の方です。将来的には外国の方にも多く来場していただきたいですが、まず日本の若い方に訴求することが大切だと考えています」

Instagramに力を入れ始めたということは、相撲協会も今後ビジュアルコンテンツ作りに力を入れていくのか。

「写真の質はもちろん重要だと考えています。でも、それだけではInstagramは盛んにならないのでは。Twitterでお姫様抱っこがウケたように、何か面白い企画をやりたい。例えば、各部屋のちゃんこ特集と題して、グルメ情報を発信するとか(笑)」

Instagramといえば昨今、Instagram Storiesを生かしたコンテンツも多く見られる。今後、展開する可能性はあるのか。

「もちろん考えています。動画の方が面白いコンテンツを作れる場合もあると思っています。今、色々準備中です」

知られざる相撲の世界。その一端を垣間見れるSNSは、まだ見ぬ相撲好きの入り口となること請け合いだ。加藤さんたちの取組……いや取り組みが今後もファンを増やしていくに違いない。

大相撲の総本山、相撲協会が入る両国国技館。スカイツリーも(編集部撮影)

<参考リンク>
株式会社SnSnap公式サイト https://snsnap.co.jp/
日本相撲協会公式サイト http://www.sumo.or.jp/

Written by
竹林広
1996年生まれのフリーライター。京都出身。慶應義塾大学文学部に在学し、人間科学を専攻。フリーライターの父を持ち、父の働く姿を見てライター業に興味を持つ。趣味は麻雀。
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竹林広
1996年生まれのフリーライター。京都出身。慶應義塾大学文学部に在学し、人間科学を専攻。フリーライターの父を持ち、父の働く姿を見てライター業に興味を持つ。趣味は麻雀。
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