2020.5.11

デンマークの首都・コペンハーゲンには、世界中の料理人やグルメマニアから注目されるレストランがある。英レストラン誌が選ぶ「世界のベスト・レストラン50」で過去に4度、首位を獲得した北欧料理レストラン「noma」だ。

北欧料理の歴史を変えた偉大なシェフ、レネ・レゼピ氏が率いるnomaは、料理の概念をくつがえすような革新的なアイディアで、コペンハーゲンの観光需要を11%も増加させたと言われている。

高橋惇一さんは、そんなnomaに魅せられてコペンハーゲンに移住、無給のアシスタントを経てシェフの座を勝ち取った唯一の日本人だ。フランス料理から始まった高橋さんの料理人人生に起きた変化、世界を舞台に活躍する高橋さんが持つ「職人魂」とはーー。

 

「次元が違う空間にいるようだった」nomaで受けた衝撃


noma のプライベートルーム

ー「一生に一度は行きたいレストラン」「予約が取れないレストラン」と言われるnoma。なぜ、このような高い評価を得ていると思われますか?

 

地に足を付けて、北欧料理という新しいジャンルを地道に築き上げ、業界内に大きなインパクトを与えた功績ではないでしょうか。今でこそ「世界一」と言われるまでになり、nomaでの食事を目的にコペンハーゲンを訪れる人も増えましたが、最初から世界トップクラスだったわけではなく、レネいわく顧客が0の日もあったとか。

当時、まだ25歳と若かったレネが「北欧料理を変えよう」とこの地のシェフに向けて呼びかけ、自らが先頭に立って、素材、調理法、サービスと一つ一つ、独自の道を切り開いてきた行動が、今につながっているんです。

 

ーフレンチレストランのシェフ時代、初めてnomaを訪れたときの感想は?

 

当時の僕にとって、nomaの料理は写真だけではまったく味が想像できない、理解できない料理だったんです。はるばるコペンハーゲンまで食べに来てみたら、もう衝撃の連続で……。

まず驚いたのが、サービス。一流で抜け目がないのに、まったく堅苦しさがない。温かくてラフなのに、きちんと特別感がある。言葉がわからない中でも、絶妙に調和が取れたnomaのサービスは、これまでに体験したことがないものでした。どんなお客さんに対してもサービスの質がブレないのは、スタッフの感覚が研ぎ澄まされているからこそ。

 

nomaの料理の一例「ワイルドブルーベリーと蟻とかたばみ」

そして、料理はというと、正直、最初から最後まで何を食べているかわかりませんでした。初めて出会う素材や味ばかりで、食べれば食べるほど疑問が増えていく。フレンチシェフとして10年の経験がありましたが、まったくお手上げ状態でした。

 スタッフが一丸となって作り上げている空間は、まるで劇を見ているような感じで、これまで体験してきたどのレストランとも遥かに次元が違っていた。

そして食べ終わった直後、キッチンにいたレネを見つけて、「ここで働かせてほしい」と勢いのままに交渉。その場では明確な返事がもらえなかったものの、すでに「nomaで働く」と心は決まっていました。しばらく経ってから「無給で良かったら来ていいよ」と返事をもらい、迷うことなくコペンハーゲンに移住。27歳のときでした。

 

シェフに昇格できるのは5%以下。抜擢された理由は?

nomaのシェフたちと(最前列中央がレネ・レゼピ氏、2列目右から3番目が高橋さん)

ーnomaのシェフたちは、どのような組織体制で働いているのでしょうか?

 

オーナーシェフを務めるレネの下には、A、B、C、Dと4つのランクに分かれたシェフが存在します。 

オーナーシェフ:レネ・レゼピ

季節ごとのメニューのアイデアの考案、指導、各プロジェクトなど、すべてに対して決定権を持つ

A:ヘッドシェフ(1人)

キッチン全体のトップの管理者

B:スーシェフ(4〜5人)

ヘッドシェフの補佐として、それ以下のスタッフの補助、管理、料理のチェックを行う

C:シェフドパルティ(20〜25人)

部門別のシェフ、各自の役割を与えられ、部門ごとに行う

D:インターン(常時20〜30人)

期間限定のシェフ見習い

 また、これらのシェフとは別枠で、「テストキッチン」のメンバーがいて、彼らは新メニュー創作専門部門として、日々新しい味、香り、驚きの研究とアイディアをリサーチをする役割を務めています。

 現在、僕は「スーシェフ」と兼任で「テストキッチン」も担当しています。

nomaのテストキッチン

ーnomaの組織の特徴や日本との違いはありますか? 

 

世界中からスタッフが集まっているインターナショナルな環境で、年齢は関係ない実力主義の世界です。年間100〜120人のインターンがいる中で、シェフに昇給できるのは5人以下と、nomaのシェフになるのは非常に狭き門です。

日本との最大の違いは、上下関係を感じないところかなと。ランク関係なく、誰もが意見や疑問を率直に言える空気があります。先輩シェフに教えられたことに対して、研修生が意見するのもOK。
これまでのnomaのやり方が常に正しいとは限らないため、柔軟な思考でそのときのベストな方法を探すべきだし、誰かが言いたいことを言えずストレスを溜めてしまう環境を良くないと考えるからです。日本にいたときは、先輩のやり方に対して意見できる雰囲気はなかったので、最初は驚きましたね。

 

ー高橋さんは、無給のインターンを経てシェフに抜擢されたそうですね。結果を出さなければいけないプレッシャーのある見習い時代、日々どんな実践をされていましたか?

 

当時、まだ英語をうまく話せなかった僕に対して、周囲の見習いシェフたちは、流暢に英語を話して自分の意見を伝えていました。だから、僕にできるのは“言葉”よりも”行動”でスキルを示すこと。誰よりも早く、誰よりもクオリティの高い仕事をしようと決めて、日々小さなトライアンドエラーを繰り返しました。

インターンの仕事は、ひたすら葉を摘み取るとか、変わった形に切ったじゃがいもを揚げるとか、地道な積み重ねなのですが、工夫して何度も試すうちに、他のインターンの2倍の効率でこなせるまでに。それを認めてもらい、より責任のある仕事を任されるようになりました。
加えて、nomaで使われている食材やスパイス、発酵食品などをシェフに聞きながら勉強し、新しい料理アイディアを思いついては試す、という日々を送っていました。

nomaのダイニングルーム

ー自分のアピールポイントを見つけて、そこにフォーカスして努力を重ねたのですね。

 

僕がnomaに来た一番の目的は料理人としてのスキルアップであり、nomaでしか学べないことがあると思ったから。そのために1日も早くキッチンの中枢に行きたかったので、仕事を認めてもらう以外に方法がなかった。

単なるインターンの1人として、名前も覚えられずに終わるぐらいなら来た意味がないと思いました。そんな気持ちで朝から晩まで働いていたら、インターン最後の日に「スタッフにならないか」と声をかけてもらえたんです。

 

ードラマのような展開ですね!

 

そのときは「やりきった」という達成感に浸っていたので、ただただ驚くばかりで。ポケットにたまたま入っていた宝くじが当たったみたいな感じでしたよ(笑)。

 

ーご自身では、どこが評価されたのだと思いますか?

 

レネには、「君が作った創作料理が、誰のものよりも飛び抜けておいしかったから」と言われました。当時、毎週土曜に創作料理をシェフたちの前で披露する勉強会があり、ここで僕も自分の料理を提供していました。

この場でチャンスをつかむことができたのは、日々のブレない行動による信頼感の獲得と黙々と積み重ねた勉強の成果だったと思います。

 

苦しい99%、楽しい1%。その先にあるもの

高橋さんが愛用する福井県の「高村刃物製作所」の包丁

ー日本には古くから「ものづくり」の精神が宿っていて、「職人」と呼ばれる人には並々ならぬこだわりが見られます。nomaにおける「職人魂」とは、どのような姿勢を指すと思いますか?

 

僕個人が思う職人のイメージは、一貫した信念を大事にして、黙々と作り続けるようなタイプなんですが、レネが大事にしているnomaの精神は、“進化”や“変化”。時代、働くスタッフ、お客様にフィットする形で、大胆に変わっていく。

 だから、これまでの概念を潔く捨てて、一から新しいものを作るのもいとわない。大事にすべきは、その瞬間、瞬間の柔軟さであり決断力。レネはその力が半端ないんです。

 古来の職人の姿とは違いますが、季節、食材、香り、器、盛り付け、コースの順序など、あらゆる要素を織り混ぜたうえで緻密に計算し、nomaらしさをとことん追求するのが、僕らの職人魂なんだと感じています。

 


nomaの料理の一例「塩鱈とキャラメライズミルク」

ー変化しながらnomaらしい料理を作り続ける。決して簡単ではないと思うのですが、これまで高橋さんが手掛けたレシピで印象に残っているものはありますか?

 

テストキッチンに配属されたばかりのタイミングに考案した「ラディッシュパイ」は、今でも忘れられない一品です。「タルト」というテーマを与えられ、ひらめいたのは、ベジタリアンの人でも食べられる野菜と海藻を使ったタルト。

高橋さんが考案した「ラディッシュパイ」

 

日本人ならではの視点で“旨味”を生かそうと考え、タルトに海藻のパウダーを練り込み、野菜をメインにして、旨味と甘みを引き出しました。ドキドキしながら提供したところ、各国のお客様の反応がとても良くて。まだ、何の実績も出せていない時期だったので、ホッとしたと同時に、一つ自信をつかむことができました。

 

ーお話を伺っていると、料理人一筋でブレずにやってこられた印象があります。高橋さんのモチベーションとは?

 

本を通じてnomaの料理を目にしたときに感じたワクワク感のようなもの、かもしれません。未知のものにたどり着いたとき、新しい料理が完成したときに、なんともいえない喜びがあり、それをお客様に食べていただいたときにも、また違った達成感があります。

 ただ、自分が満足する領域に到達するまではすごくシビアで、その過程は「苦しい」が99%、「楽しい」が1%ぐらい。ひたすら苦しいのですが、それを超えたときの楽しいの感動が半端じゃなくて、その経験こそが自分の身になっている実感があります。自分の引き出しが増えて、料理人としての未来が広がっていく感覚ですね。

 

未来の10年で叶える、料理人人生の集大成とは

 

ーnomaで働き始めてから、高橋さん自身に何か変化はありましたか?

 

ディスカッションが盛んな文化に身を置いたことで、自己表現する力が養われた気がします。正しいかどうかは関係なく、意見を言う姿勢が評価されるし、黙っていたら何も考えていない人だと思われてしまうので。

メンバーが作った料理に対して、好き・嫌いもハッキリと伝えます。最初は申し訳ない気がして「好きじゃない」と言えなかったのですが、それは不要な優しさだとわかりました。オープンに言うことは決して悪じゃないし、日本の人たちにも、もっと自分の意見を発信してほしいと願っています。

 

ーnomaのシェフになって8年間を駆け抜けてきた高橋さんが、次に目指すものは何でしょうか?

 

料理人の一つのゴールといえば、海外で修行したあと、帰国して自分の店を出すこと。もちろん僕にもその想いはありますが、それは何歳になってからでもいいと思っていて。とはいえ、10年後にnomaにいるとも思っていません。

この8年間で、オーストリア、メキシコ、日本へ出向き、出張レストランとしてnomaの料理を提供したり、新型コロナウイルスの影響で営業停止になってしまったり、本当にいろいろな経験をさせてもらいました。十分すぎる経験を積ませてもらったからこそ僕は長くいるべきじゃないし、nomaにも新しい人材が必要だと思っています。

nomaのテストキッチン

じゃあ、僕は何をしたいかと言ったら、一つの信念を大切に守り続ける日本の職人や北欧料理を作り上げたレネのように、「自分にはこれしかない」というものをこれからの5年、10年で見つけたい。「高橋惇一といえば、これだよね」と言われるぐらいのものを。

僕が心から尊敬するシェフの1人に、斉須政雄さんがいます。三田のフレンチレストラン「コート ドール」のオーナーシェフを務める斉須さんは、まさに日本の職人タイプで、信念を持って変わらぬ”斉須政雄というフランス料理”を作り続けています。nomaとは対照的ですが、僕はこのスタイルがとても好きなんです。nomaで学んだ革新性と斉須シェフのような一貫した信念。それらを融合させることで、自分の料理人人生の集大成となるようなスタイルを見つけられたらと思っています。

 

ー高橋さんにとって、料理=仕事ではなく、料理=人生なのでしょうね。

 

「料理しかない」っていう覚悟みたいなものもありつつ、純粋に自分が料理から得た感動体験が影響を与えている気がします。nomaの料理を味わって、もてなしを受けて、「あぁ料理ってすごいな。料理一つでここまで感動できるんだな」って。

 食べることは生きるために必要不可欠ですが、せっかく食べるならそこに幸せを添えたい。そんな気持ちも原動力になっているのかもしれません。

料理の世界に身を投じて、約18年。nomaが持つ世界観に魅了され、未知の世界に飛び込み、日本人で唯一のシェフとなった高橋惇一さん。

 nomaは2015年に日本に一時移転し、東京・日本橋のホテル「マンダリン・オリエンタル東京」で期間限定レストランをオープン。また、2018年にはnomaで10年間ヘッドシェフを務めたトーマス・フレベル氏が率いるレストラン「INUA」が東京・飯田橋にオープンするなど、日本との接点も多い。

 そこには、デンマークと日本に共通する「職人気質」があるのかもしれない。時代の変化に伴い姿を変えるものもあれば、時を経ても変わらない普遍的な価値もある。スタイルはどうあれ、一貫した信念と覚悟を持ち、唯一無二の技を追求し続ける姿勢こそ、世界で評価される「職人」の共通点と言えるのではないだろうか。


写真提供:noma

Written by
小林 香織
1981年、埼玉県生まれ。高校卒業後、エンタメ業界に就職し、約10年制作進行を務める。その後「編集・ライター養成講座」に通い、2014年、33歳でライターデビュー。2016年にフリーランスライターへ転身、「働き方・IT・旅・ライフスタイル」などの分野で800以上の記事を執筆。2017年から「旅と仕事を両立するライフスタイル」を開始、これまでに14カ国を訪問。東南アジアでの短期移住を経て、2020年からデンマークに本格移住。海外フルリモートワーカーとして現地取材を含めた執筆や企業のPRサポートを担当。「カフェ」「旅」「テクノロジー」が好き
Written by
小林 香織
1981年、埼玉県生まれ。高校卒業後、エンタメ業界に就職し、約10年制作進行を務める。その後「編集・ライター養成講座」に通い、2014年、33歳でライターデビュー。2016年にフリーランスライターへ転身、「働き方・IT・旅・ライフスタイル」などの分野で800以上の記事を執筆。2017年から「旅と仕事を両立するライフスタイル」を開始、これまでに14カ国を訪問。東南アジアでの短期移住を経て、2020年からデンマークに本格移住。海外フルリモートワーカーとして現地取材を含めた執筆や企業のPRサポートを担当。「カフェ」「旅」「テクノロジー」が好き
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