スマートフォンの普及に伴って一般への認知が広まり、様々なキャンペーンやアプリゲームなどで活用されてきたAR技術。昨今、ミレニアル世代の消費行動の一つである”体験への価値”との親和性も高く注目されている。
以前にもCOMPASSでは、ARを用いた広告プロモーションの取材や、VRの歴史、VRがもたらす介護テクノロジーの未来、などを取り上げてきた。
今回、昨今増えているアート業界xARの取り組みに注目してみたい。ARの歴史から、ARxアートでの最新事例を紹介していく。
来場者が楽しむ“イベントの企画” や “イベント運営” にお困りの方はこちら。
“体験”を与える、AR×アートイベントが増えている。
(エキサイトニュースより)
2019年6月21日、フランスのルーブル美術館がVRを活用することを発表した。
2019年10月24日から、芸術家・レオナルド・ダ・ヴィンチの特別展の一部として、VRを活用した企画「Mona Lisa: Beyond the Glass」を実施する。
「Mona Lisa: Beyond the Glass」では、モナ・リザを自由にVRで眺められ、モナ・リザに関連する物語や研究を視聴することができる。
そんなAR/VR技術は昨今、アート界で浸透してきている。
日本国内で直近話題を呼んだのは、タレント・香取慎吾さんの個展での活用だ。
株式会社MAGICが開発したアプリ「pictPOP(ピクトポップ)」に対象となっている絵をかざすと、スマートフォンの画面の中で絵が動き出すという仕掛けを行い、来場者が会場でアプリを使用し実践して撮られた動画や写真は、「#ブンブンAR」とつけられTwitterとInstagramでもかなりの数シェアされるものとなった。
本当にたくさんの方に楽しんでいただき嬉しいです。終わってしまうのが本当に寂しいですね。
素晴らしい個展に関与させていただき、本当に幸せです。#BOUM3 #ブンブンAR #pictPOP #Boum3 #boun3 pic.twitter.com/3WSeKirzRV— pictPOP – ピクトポップ (@pictPOP) 2019年6月16日
他にも昨年11月にはスキンケアブランド SK-IIのポップアップストアにて、Googleの「AR Core」というアプリを使い、限定ボトルのデザインをしたアーティストの世界に入り込んだかのような映像を撮れるイベントが開催。
(P&Gプレステージ合同会社 SK-II プレスリリースより)
このイベントのためだけに作られた建物には、若い女性たちが来場した。さらに福岡県にある福岡市科学館でも、「TRICKAR(トリックアール)」という専用のアプリでトリックアートを撮ると、アートが動き出すという「 ARトリックアート展」が5月まで開かれていた。
もちろん日本だけではなく海外でも、このようにアートにARを取り入れた展覧会やイベントが積極的に行われている。例えば、2018年にウィーンにあるMAK応用美術博物館で開催された「ベストポスター100 2017」では、審査員により選出された100枚のポスターを専用のアプリでかざすと、デザインに変化が生じる試みが行われた。他にもニューヨーク近代美術館にあるジャクソン・ポロック・ルームではアーティストグループ、MoMARによるAR作品のゲリラ展が開かれたり、中国の上海ヒマラヤ美術館でもARを用いての作品鑑賞に多くの人が足を運んだ。
このようにこれまでは作品を観るだけだった展覧会やイベントが、 ARの出現により「アートを“体験”」するという価値が追加されたものになりつつある。そしてそのようなイベントが、近年増加しているのだ。
オズの魔法使いの作家から生まれた、ARの歴史。
ARは、現実とバーチャルの視覚情報を重ね、目の前にある世界を“仮想的に拡張する”というものだ。2008年ごろからスマートフォンの普及に伴い、ゲームアプリや位置情報アプリに使われるなどし、認知度を高めているAR(拡張現実)。
仮想現実を意味するVRとの違いは、VRはマウントディスプレイなどを通して、コンピューター上に「仮想現実」を作り出すのに対し、AR(拡張現実)では、現実世界にCGを反映し、現実を拡張する違いだ。
わかりやすい例は、2016年にリリースされたPokémon GO。ARを活用したアプリで最も有名になった例でもあり、Pokémon GOの登場によって、ARアプリに触れたことのない層も取り込むことに成功した。
ARのアイデアは、1901年にオズの魔法使いの作者である、アメリカの児童作家・ライマン・フランク・ボームによって初めて述べられたと言われている。
彼は物語の中で、現実世界に創作されたデータを重ね合わせる「キャラクター・マーカー」という電子デバイスを登場させた。
そして1957年から62年にかけて、映像撮影技師のモートンホーリーによって映像と音響と振動と香りを模擬するシステム「Sensorama」を開発。これが世界で最古のAR/VRシステムといわれている。
Sensorama は、ニューヨークを通るオートバイをシミュレートでき、スクリーンを通り抜ける感覚や、ファンが発生する風、そして騒音と街の匂いを体験することができる。
その後も様々な科学者によってAR/VR領域の研究がなされ、日本で1992年に子ども向けのバラエティ番組「ウゴウゴルーガ」の放送が始まる。これは、リアルタイムに制御されるCGキャラクターと出演者が対話する形式のシリーズ番組の先駆的事例だ。
1992年以降も、主に軍事領域での開発が進み、米・空軍や海軍でのシステム活用のための研究が進み、2000年には初の屋外携帯ARゲームとして、南オーストラリア大学が「ARQuake」を発表。拡張現実の世界でモンスターを退治するゲームだ。
2007年以降、AR技術を活用したゲームが日本でも登場し、AR技術が一般にも知られるようになっていく。
そして日本では2009年に初のAR位置情報アプリ「セカイカメラ」が登場し、広くメディアでもARが取り上げられた。
元々は軍事産業や自動車・航空機産業で利用されてきたARだが、スマートフォンの急速な普及に伴い、ARアプリは広まっていく。
急成長を見込まれるAR/VR市場。要はARグラスか?
先日ドイツで行われた世界最大のARをテーマとしたカンファレンス・AWE2019では、各国ARグラスの展示が非常に多かったようだ。ARグラスは、AR技術をグラスに反映したもの。中国やカナダのスタートアップなど、様々な企業がARグラスの開発を行なっており、これらが一般に広まるとさらにARは一般に広がっていくだろう。
調査会社IDCによれば、AR/VRの全世界の市場規模は、2022年まで急速に成長すると見通されている。2018年に121億ドル(約1兆3,594億円)の市場は、2019年に204億ドル(約2兆2,919億円)となり、2022年には11兆円越えになると言われている。
2022年まで急成長する市場としては、米国、カナダ、中国と言われており、日本での成長分野はゲームやアートといった消費者向け領域のほか、治療やリハビリといった医療の分野でも成長が見込まれている。
アート業界にARが広まり始めたワケとは?
(ARARTより)
ARは急激にアート界に台頭してきたわけではない。正確に2つがコラボし始めた年は明確ではないが、話題を呼び多くの人の目に留まったものは、ともに岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー(IAMAS)を卒業し、モバイル・メディアや視覚表現に精通した向井丈視と白鳥啓らの開発による「ARART」というアプリだ。2012年9月末にリリースされたこのアプリは、世界的に有名な絵画にかざすとその絵画が画面上で動き出すというものだ。例えばレオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」はウィンクをしたり絵が崩れ落ちたりし、ゴッホの「ひまわり」はまるで風を受けているかのように揺れる。このような画期的なアプリが7年ほど前にリリースされていた。
美術館やアーティストがARを受け入れるようになったのは、美術館への来場者数が減り、美術館の売り上げが減少したこともアート分野でARが広まった要因にある。例えばイギリスの大英博物館は、2017年時点で当時から過去2年間で80万人も減少した。このように近年世界的に見ても美術館の売り上げは常設展だけでは十分とは言えないため、期間限定の特別展の収入が多くの美術館の支えとなっている。なぜなら特別展のようなものの方が、話題を呼び人が集まりやすいからだ。確かに日本でも、期間限定の展覧会には多くの人が殺到している様子を目にする。2018年度上半期の美術展覧会入場者数1位となった「レアンドロ・エルリッヒ展:見ることのリアル」の入場者数は61万人を突破した。
特に若者のアート離れが深刻になっている今、彼らの心を掴むには ARは必須だ。テクノロジーを駆使しどれだけ写真や動画を撮る価値があるかということを重視しているZ世代やミレニアル世代にとっては、ARとコラボしたアートは興味を持ち美術館に足を運ぶきっかけになる。つまり美術館側やアーティストにとって、ARは落ち込みがちなアート界の救世主なのだ。
また普及が遅かったのは、アートに手を加える技術を持った人が現在よりも少なかったことも原因だ。手で絵を描くというアナログな方法で作品を作るアーティストにとっては、同時にその先のテクノロジーも駆使して作品を生み出すにはハードルが高すぎた。そのため ARを作り出すことができる人が必要だったが、それを使いこなせる人が多くなかった数年前は、なかなかARとコラボした作品を作ることが難しかった。
しかし現在はAR技術に特化し、アーティストと積極的にコラボするクリエイターや会社が大幅に増え、ARとアートの融合が急速に加速したのだ。
AR × アートに期待される可能性
(Augmented Reality at the Shanghai Himalayas Museum ARTIVIVE、Forbesより)
アート界での ARの存在が広まっているのには、アートとARに関わる人々がさまざまな可能性を期待しているからであろう。その可能性のひとつは「アートは観るだけではなく。体験すること」を通しての、若者を中心としたアート離れの食い止め。
アートというものの定義や価値はアーティストやエリートによって決められたものであり、どこか一般の人々からは離れているように感じる面があった。しかし ARを通して新たな動きや表情を見せる絵は、ひとりひとりがその絵に自分だけの価値を見い出すことができ、身近に感じたり自分も1人のアーティストであるように感じルことができる。また先述した撮る価値を求める若者には、 ARによって動きを見せるアートは、現場に撮りに行ってSNSでシェアしたいという気持ちを掻き立てるのだ。
もちろんアーティストにとっても ARとコラボすることは、新たな表現方法となっている。アートに ARの技術を駆使してデザインを加えたり動きをつけることは、絵だけでは表現しきれないアーティストの作品に込めた想いや自身の考えを付け加えることができる。このようなひとつのキャンバス場では表現しきれなかったものが、 ARを使えば表現することができのだ。それはこれまでアーティストからの一方通行だったメッセージが、作品を作る人と鑑賞者で相互作用し、さらに作品を観る意味を高めてくれる。観る人がいて初めて完成する作品は、やはり実際にアート作品を観に行くという行動にも繋がるのだ。
また、これまでのアートの概念を壊す事例も出現している。まずは、「ARアーティスト」という新しいタイプの表現者の出現。その名の通り、 ARを駆使してアート作品を作るアーティストのことだ。日本でのその先駆けと言われているのが、パラレルワールド氏。「現実世界に3Dアートを作る」というコンセプトのもと作品を生み出しており、昨年の11月には日本初のARアーティストによるAR 3D ART個展「未来の博物館」を開催した。
(VRSCOUTより)
さらに 、 ARはアートを過去と現在をつなぐものにもしている。今年の5月、アメリカのボストンで北米最大規模のARアート展がローズ・ケネディ・グリーンウェイで開催。このARアート展の特徴は屋外であるという点と、ARを通じてボストンの歴史を知ることができる点だ。公園内で専用のアプリを開くと、ボストンの100年以上の都市変遷や交通の形などの歴史を観ることができるのだ。建物の中ではなく屋外で街の歴史に身を持って体験できるという新たなアートの形は、早速参加した人たちから公表を得ている。
AR は、アーティストが完成させて終わりだった作品に「体験する」「描ききれなかったことを表現する」ということを与え、作品自体の価値を高めている。それにより人が作品を観に行く価値も生み出し、人々のアート離れと美術館への来場者減少回避の役割も担っている。
そしてAR × アートはこれまでのアートの在り方を覆し、アートのさらなる発展を後押しするものとなるだろう。今後、どのように私たちを楽しませてアート界を活性化させていくかに期待したい。
※COMPASSではARに関連した技術として3Dホログラムを活用した広告に関する記事も掲載している。こちらも併せてお読みいただきたい。